初代宮川香山作「褐釉蟹貼付台付鉢」1881年 東京国立博物館所蔵 ColBase(https://colbase.nich.go.jp)より

【KOGEI!】
「超絶技巧」のルーツ

文:外舘和子(とだて・かずこ=多摩美術大学教授)

工芸

 このところ動物や昆虫、植物などの具体的な対象をモチーフに制作する現代作家が、陶芸、金工、牙彫(げちょう)、木彫など様々(さまざま)な領域で注目されている。つい最近も「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」展が巡回し、「驚異の細密表現展-江戸・明治の工芸から現代アートまで-」が神奈川・横須賀美術館で行われた。

 関心の焦点の一つは迫真的なリアリズムである。本物そっくり、ないし本物を超えるそれらしさを、実物とは異なる素材で作り上げる一種のだまし絵にも似た神わざに多くの人々が魅せられ、「超絶技巧」などの言葉のもとに賞賛(しょうさん)されているのである。3Dプリンターが様々な美術大学に導入され、AI(人工知能)がデザインまで提案する時代、その対極ともいえる人間の高度な手わざへの素直な驚嘆は、自然な反応であろう。平成以降に顕著な明治工芸再評価の動向も、そこに合致している。

 実はこの動向の発端は、陶磁の初代宮川(真葛(まくず))香山(こうざん)(1842~1916年)である。金工の鈴木長吉ほか明治工芸のスターは多いが、香山の再評価は明治工芸の内でも早く、76年には横浜高島屋で真葛香山展が開催され、以後大きな回顧展だけでも80年、86年、89年、2001年、04年、06年、09年など頻繁に開催されていく。ただし当初は香山の優美な絵付けの器が評価の対象であり、立体的でリアルな生き物を器に貼り付けたり、器を変形させるまでにモチーフを盛り上げたりしたものは「奇をてらった」などと批判されることさえあった。

 ところが21世紀に入ると、絵付けよりもむしろ立体的でリアルな生き物を纏(まと)う器へと評価の内容が変化していく。回顧展の図録の表紙も当初は絵付けの器であったが、立体装飾の器が飾るようになった。02年には生きたワタリガニが鉢の縁を歩いているかのような香山の「褐釉蟹貼付台付鉢(かつゆうかにはりつけだいつきはち)」が近代陶磁初の重要文化財に指定されるが、それは優美な絵付けタイプの「黄釉銹絵梅樹図大瓶(おうゆうさびえばいじゅずたいへい)」の重文指定より2年早い。評価の変化には真葛窯の地元横浜の博物館などによる香山研究、田邊哲人氏をはじめ熱心な香山コレクターの影響がある。

 私が最初に「超絶技巧」という言葉を聞いたのは、08年テレビ東京「美の巨人たち:宮川香山『渡蟹水盤』」出演のための打ち合わせであった。番組スタッフやゲスト出演を依頼された陶芸家の間で「香山は超絶技巧って言われてますよね」などと会話が交わされた。番組のメイン作品も精巧な蟹が器の縁を這(は)う、重文の姉妹作であった。

 この番組の6年後の14年に「超絶技巧」を冠した展覧会を東京・三井記念美術館が開催、以後、同展はシリーズ化され、美術雑誌も10年代に「超絶技巧」の特集を組んでいる。ただし、そうした場で関連作家として紹介される現代陶芸家の手法や意図は、香山との大きな違いもある。例えば極細の繊細な陶のピースを集積させ、未知の生命体を想(おも)わせる稲崎栄利子(72年生まれ)の作品は、何かの再現や何かになぞらえたものではなく、作者自身の内なる精神性を独自に表現した抽象的な世界である。超絶技巧のルーツは宮川香山だが「リアリティー」の表現の仕方は大いに変化しているのである。

2024年7月14日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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