九州や沖縄の人々にとって、韓国は東京に出かけるより身近な場所であるとも聞く。利川(イチョン)で韓国国際陶磁ビエンナーレ、清州(チョンジュ)で国際工芸ビエンナーレ、さらにソウルで工芸トレンドフェアを開催するなど、韓国は工芸振興活動が盛んな国であり、それらをごく身近に楽しめる距離感は西日本の人々にとって幸運なことである。
しかし実は関東にも、韓国の美術や工芸を気軽に楽しめる場がある。東京・四谷の新宿通りに面した近代的なビル、駐日韓国大使館韓国文化院である。1979年、韓国文化の発信や国際交流の場として池袋「サンシャイン60」ビルで活動を始めた同院は、2009年に現在の四谷の庁舎を建設し、工芸や美術の展示、体験講座などを通じて韓国のさまざまな文化を紹介する公的施設として機能してきた。
ここで現在開催中の「丸沼芸術の森レジデンス5周年記念韓日交流展」(25日まで)で、木工、漆芸、陶芸、染織、七宝、ジュエリーなどの韓国工芸の現在が紹介されている。確かな技術と新鮮な発想を巧みに組み合わせる姿勢は日本と似ているが、制作意図がより明確な傾向は韓国の特徴であろうか。また、それら韓国の工芸と、村上隆や入江明日香ら現代日本の美術家の作品を一堂に観(み)る機会もなかなかないであろう。
実はこの展覧会は、韓国文化院が、韓国との交流を推進するもう一つの拠点、埼玉県朝霞市の民間施設「丸沼芸術の森」と共催で実施している。若いアーティストの支援を目的に須崎勝茂氏が85年に設立した共同アトリエ「丸沼芸術の森」は、2010年代後半からソウルの韓国工芸・デザイン文化振興院と協力し、韓国の作家を継続的に招聘(しょうへい)する新たなレジデンス事業を開始した。本展はその成果を示すもので、韓国人作家16名を含む計20名の作品が並ぶ。村上隆も「丸沼芸術の森」で制作した一人である。
本展の出品作家でコーディネートにも尽力したのは、韓国出身で日本の大学院に学び、丸沼芸術の森で制作する陶芸家・河明求(ハミョング)である。具象的な陶芸は日本でも盛んだが、河明求は、伝説上の生き物をモチーフにしながら、それを独自に、またユーモラスに造形化し、現代のキャラクターやヒーローを想(おも)わせる姿かたちへと変換する。本展の出品作「Haechi(へチ)」は狛犬(こまいぬ)のルーツとも言われる伝説上の動物が題材だが、鑑賞者は、生き物に託す魔よけや守護神といったアジア的な発想に共感しつつ、そのユニークな造形性や現代性に魅せられるであろう。河明求は作品によって、また日本語堪能な韓国人陶芸家として、両国の有力な懸け橋の役割も果たしている。
韓日をはじめ国際交流に必要なのは、積極的な「場所」と「人」である。特に日本はともすれば公的機関と民間施設の活動を別個のものとして捉えがちだが、美術や工芸を愛する公、民、そしてアーティストが協同するとき、創造性豊かな積極交流が生まれる。日本が古(いにしえ)より多くの陶技や美意識を学んだ韓国との新しい時代が既に始まっている。その継続・発展を期待したい。
2024年5月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載