飯川雄大さんと「デコレータークラブ」シリーズの作品=ギャラリーノマル(大阪市)の個展会場で10月4日=山田夢留撮影

 世界各地の海で周囲の環境に擬態して生きるカニ、「decorator crab(デコレータークラブ)」。インスタグラムで検索すると、藻やサンゴにふんするカニたちの画像に交じり、なぜかピンクの猫が出てくる。重そうなバッグやロープを引っ張る人の映像もある。カニとは何の関係もなさそうなこれらのもの、実はすべて神戸を拠点に活動する現代美術家・飯川雄大さん(43)による作品だ。

 ピンクの猫の作品は、ポストカードから立体まで大小さまざま。例えば幅10㍍の木製作品「ピンクの猫の小林さん」は2020年、横浜市の住宅街に期間限定で設置された。かわいい造形と目を引く色、大きさ。見た人はスマホを向けるが、建物が邪魔してうまく撮ることができない。

 スポーツバッグは何の説明もなく展覧会場に置かれる。作品であり、持ってもいいとわかって持ってみると、驚くほど重い。参加型の作品「0人もしくは1人以上の観客に向けて」(19年~)は館内で鑑賞者がロープを引っ張ると、そこからは見えない館外で、つるされたバッグなどが動いているという仕掛け。「新しい観客」(22年~)は展覧会場から別の会場へ、鑑賞者がバッグをキャリーに乗せて運ぶ、という作品だ。今年は東京・高松・鳥取間で展開し、約30人がバッグを運んだ。

 「デコレータークラブ」はこれらすべての作品に付くタイトルであり、飯川さんの制作コンセプトでもある。着想源はたまたま見た、擬態するカニの番組。ダイバーらの証言などで「丁寧に構成されていた」が、未知の生物に遭遇した感激は伝わってこなかった。「何かを初めて見た時の感情を第三者に伝えるってめっちゃ難しい」。その気付きが、人の認識の不確かさや社会で見過ごされる現象に着目した作品につながった。

 猫の小林さんは色や形など「情報」は記録できても、全貌を捉えられないのがデコレータークラブ的。スポーツバッグは開けたり持ったりするまで何もわからないところが、擬態したカニに似る。バッグの作品を一度でも見た人は、町で同じようなバッグを見るたび「もしや」と思う。まさにデコレータークラブ現象だ。

 「デコレータークラブ」はじわじわ注目を集め、近年は個展やグループ展に引っ張りだこ。広く知られると難しいコンセプトかと思いきや、「結果がわかっている人を裏切る要素も考えてます」。

 今春、初の作品集「飯川雄大 デコレータークラブ」(赤々舎・せんだいメディアテーク)を刊行した。前半は作品集、後半は予算などが原因で断念したプロジェクトの記録集というユニークな構成で、世界発信を見据え、和英併記。「なんで人に感動を伝えたくなるのか、伝えるのはなんで難しいのか、伝わったらなんでうれしいのか。普遍的なテーマですよね」。27日からは仙台市の「ギャラリーターンアラウンド」で個展が始まる。

2024年11月12日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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