今年の春に「温故創新の森 NOVARE」が全体の運用を開始した。これは清水建設が次世代の企業像を推進すべく、五つの施設、すなわちフレキシブルなオフィス空間を提示する情報発信・交流のハブ、デジタル技術による生産革新にとりくむラボ、体験型の研修所、会社の歴史を展示する資料館、そして二代清水喜助が手がけた旧渋沢栄一邸(1878年)を複合した施設である。
東京・JR潮見駅前に位置し、さまざまな樹種が植えられた道を歩くと、左手にスーパーウイング構法による無柱のガラスのファサードが、約80メートルにわたって続く。ここからは建築から土木まで、各種構造の断面の実物(モックアップ)が、研修施設の室内に並ぶのが見える。また一部のコンクリートの外壁は、3Dプリンターで出力した三次元曲面をもつ。3Dプリントによるシェル屋根の駐車場もある。ハブの天井は、木材加工ロボットによって複雑な継ぎ手がつくられた木の梁(はり)を使う。また、オフィスでは他業種の技術と連携したミクロな環境制御やさまざまなアップサイクル、施設全体としては水素貯蔵や太陽光発電などを組み合わせ、ゼロ・エネルギーをめざしている。
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興味深いのは、こうした未来志向の実践と同時に、過去の歴史を大事にしていることだ。資料館は、創業者が大工棟梁(とうりょう)だったことを踏まえ、近代以前のものづくりの伝統から始まる。そして今も残る和光や三井本館など、施工や設計で関わった有名な建築の大型模型が並ぶ展示施設は圧巻の風景だ。とくに国立代々木競技場は最終形ではなく、施工の途中を段階的に示した工事中の模型である。
すでに増改築と移築を繰り返していた旧渋沢邸は、今回、青森から東京に持ちかえり、修復と補強が行われた。新しい文化財保護の手法として、監視カメラとAIを活用する自動火災検知放水システムも導入している。なお、二代喜助によるものとされる床柱の手彫りをAIに学習させ、そのテクスチャーが資料館の外装のアルミキャストに転写された。日本の建築界を支える大手ゼネコンが、実際のモデルをつくり、提示することによって、今後の社会を切り開く可能性の扉を開いている。
2024年9月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載