「絡子をかけたる自画像」 1920(大正9)年 福岡県立美術館蔵=提供写真

 ◇6月21日まで

 独創的な写実表現と個性的な経歴で近年注目が集まる洋画家・髙島野(や)十(じゅう)郎(ろう)の過去最大規模の回顧展「没後50年 髙島野十郎展」が、大阪中之島美術館(大阪市北区)で開催されている。本展の見どころを、同館学芸員の北廣麻貴さんに寄稿してもらった。

 ◇生涯の画題 月と蝋燭の空間

 髙島野十郎(1890~1975年)は、蝋燭(ろうそく)や月などを独特の写実的筆致で描いた福岡県久留米市出身の洋画家である。1890(明治23)年、裕福な酒造家であった髙嶋家の五男に生まれ、東京帝国大学(現東京大)の農学部水産学科を首席で卒業するものの、周囲の期待に反し、自ら画家の道を選んだ。

「蝋燭」 1948(昭和23)年以降 福岡県立美術館蔵=提供写真
「満月」 1963(昭和38)年ごろ 東京大学医科学研究所蔵=提供写真
「菜の花」 1965(昭和40)年 ブルーミング中西株式会社蔵=提供写真

 生前は無名の画家であった野十郎。大きく光が当たったのは、1980(昭和55)年に地元の福岡県文化会館(現福岡県立美術館)で開催された展覧会であった。青木繁や坂本繁二郎(はんじろう)など福岡出身の名だたる画家の作品とともに野十郎の≪すいれんの池≫が1点、展示されたのである。それを契機に、連続的に個展が開催され、次第に画業の全体像が明らかになってきた。独学で絵を学び、美術団体にもほぼ属することがなかった姿勢から、しばしば「孤高の画家」と称されてきた。

 野十郎の評価が徐々に高まった結果、個展は地元福岡にとどまらず各地で開催されてきたが、大阪では初の回顧展になる。過去最大規模となる今回の展覧会では、時代区分に即してではなく、野十郎と関わった同時代の作家、野十郎が親しんだ仏教的思想といったトピックを立て、これまでの「孤高の画家」像を見つめ直し、日本の近代美術史のなかに野十郎を位置付けることを試みた。さらには野十郎が心を通わせた親しい友人や知人らによる書簡やメモなどの資料により、決して人を寄せ付けなかったとはいえない野十郎の人間像にも改めて迫るような構成となっている。

 大阪会場では、最終章で、月や蝋燭を描いた作品のみを展示した特別な空間が登場する=写真。どちらも野十郎を代表する作品として知られており、月の連作は、初期には月夜の風景を捉えていたが、徐々に月以外の風景は捨象され、最終的には暗闇に浮かぶ月のみを描くように変化していく。野十郎が残した言葉によると、月そのものではなく、闇を描きたかったのだという。おそらくここにも仏教的な考えが反映されているといえるであろう。また蝋燭は野十郎が生涯にわたり描き続けたモチーフである。これらの作品は、決して個展に出品することも売ることもなく、お世話になった人や友人に感謝と信頼の気持ちを込めて1点1点手渡した。展覧会を締めくくる空間では、これらのエピソードとともに、展示全体を振り返りながら再び野十郎作品と向き合う時間としてほしい。

月や蝋燭を描いた作品のみを展示した特別な空間=提供写真

INFORMATION

没後50年 髙島野十郎展

<会 期>6月21日(日)まで。月曜休館(ただし5月4日は開館)。入場は午前10時~午後4時半。詳細は公式サイト(https://nakka-art.jp/exhibition-post/yajuro50/)をご確認ください。
<会 場>大阪中之島美術館4階展示室(大阪市北区中之島4)
<観覧料>一般1800円、高大生1200円。中学生以下無料

主催 大阪中之島美術館、毎日新聞社
協賛 大和ハウス工業
協力 ブルーミング中西
問い合わせ 06・4301・7285(大阪市総合コールセンター、年中無休、午前8時~午後9時)

2026年4月30日 毎日新聞・大阪朝刊 掲載

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