ライブペインティングに臨む黒田征太郎(手前)と、上半身裸になって演奏する中込健太=渡辺亮一撮影

 ◇北九州市立美術館本館

 平和と自由を希求する画家、イラストレーター、黒田征太郎(86)の大規模回顧展が、北九州市立美術館本館(戸畑区西鞘ケ谷町)で開かれている。タイトルは「絵でできること」。「船」「鳥」「アトム」「アメリカ」「アウシュビッツ」など、12のコーナーで構成され、作品数は10代のころの初期作から最新作まで約650点に上る。

 ■戦争は人を殺すこと

 黒田は大阪市出身。1969年に盟友の長友啓典(故人)とデザイン事務所K2を設立し、独学で人気イラストレーターになった。父親は福岡・筑豊の炭鉱で働いたことがあり、九州とは強い縁を感じている。2009年から北九州市門司区在住。絵画や音楽で被爆地の広島・長崎を見つめ直す「ピカドンプロジェクト」などの平和活動でも知られる。

 これまでに、山口県・下関市立美術館、福岡県・田川市美術館でも個展が開催されてきたが、規模の上では本展が過去最大。無料ゾーンの展示も充実している。絵を眺め、絵と呼応する手書きの文章を読むだけでも、自由な線と色彩で描かれた生命力に満ちた表現世界、黒田の人生の軌跡、思想の一端に触れることができる。黒い死体が横たわる場面には「センソーはヒトをコロスこと。」の文字。これほどシンプルに、戦争の本質を言い当てた言葉はない。

 ■音楽と共鳴、生の魂の絵

 そのそばに飾られた抽象風の絵画は展覧会初日(9月20日)、太鼓芸能集団「鼓童」のメンバー、中込健太の演奏に合わせ、ライブペインティング(公開制作)で仕上げたものだ。音楽と共鳴し、踊るようにリズムを取りながら、素早い筆さばきでカンバスに向かうのが黒田の流儀。互いに叫び声を発しながらのパフォーマンスは、2人の表現者によるコラボレーションでありながら、異種格闘技的な様相も呈し、ライブならではの緊張感がみなぎっていた。黒田は筆だけでなく、手のひらや指を使って絵の具を塗り、ときにたたきつける。画面は最初、明るい色を用い、軽快なイメージだったが、青や黒などが重なり、徐々に複雑な色合いへと変化。約40分がかりで、重厚な雰囲気の中に、画家の魂を定着させた表現主義的作品が完成した。私が黒田のライブペインティングを見たのは11年2月の福岡県飯塚市の嘉穂劇場以来、14年ぶり3回目。画面に込められた熱量は前回よりも増しているように思えた。

 ■自由の象徴としての鳥

 ライブペインティングは1000回以上実施しており、黒田芸術の代名詞ともいえる。本展では大作約30点が公開されている。縦1・8㍍、横3・6㍍の巨大なアクリル画「船」(10年)もそのうちの一つ。韓国の伝統的打楽器グループ「サムルノリ」の第一人者で、黒田とは旧知の仲のキム・ドクスのチャンゴの響きにインスピレーションを得、筆を走らせた。画面に縦じまの入った白い船が浮かぶ。背景の空と海、雨は血を連想させる赤。タッチこそおおらかだが、日本と朝鮮の過去の歴史、平和の尊さについて考えさせる。

大作のアクリル画「船」について語る黒田征太郎=渡辺亮一撮影

 海に対する願望が強く、16歳で家出して船員になった黒田が船と並び、しばしば取り上げてきたモチーフに鳥がある。中でも、自由の象徴として好んだのが渡り鳥。境界に縛られず、大空をかける姿に憧れた。

 アクリル画「ワタリガラス」(90年)は他の多くの作品と異なり、丁寧な筆遣いでまとめている。暗みを帯びた赤色の空間に立つカラスは謎めいていて、コートを羽織った哲学者のようにも見える。

黒田征太郎「ワタリガラス」=提供写真

 会場を巡り、具象、抽象を問わず、黒田の絵は子供にも訴求する親しみやすさがあり、命の鼓動が刻まれていると実感させられた。これまでの個展とは一線を画し、画家としての仕事に光を当てた好企画。本展を機に、顕彰の機運が高まることを期待したい。

 11月9日まで。北九州市立美術館本館(093・882・7777)。

2025年10月17日 毎日新聞・福岡版 掲載

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