藤田嗣治「美しいスペイン女」 1949年 豊田市美術館蔵=提供写真

 ◆激動の時代 駆けた軌跡
 ◇Foujita パリ拠点 裸婦群像で魅了
 ◇Kuniyoshi 米の労働移民から画家へ

 特別展「藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア-百年目の再会」が14日、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開幕する。20世紀前半に海外で成功と挫折を経験した画家、藤田嗣治と国吉康雄。ともにフランス・パリに滞在した1925年から100年となることを機に、二人の画業を紹介する。意義と見どころを本展監修者でもある林洋子・同館館長が解説する。

国吉康雄「誰かが私のポスターを破った」 1943年 個人蔵=提供写真

 ◇交流示す「色紙」初公開 林洋子・兵庫県立美術館館長

 いまから100年前のパリ。春から秋にかけて「現代装飾美術・産業美術国際博覧会(アール・デコ博)」が開催されました。そのパリには在住歴10年を超えた画家・藤田嗣治(1886~1968年)がおり、生涯の代表作となる≪舞踏会の前≫(大原美術館蔵)をサロンに発表するなど、「乳白色の下地」による裸婦群像で絶頂期を迎えていました。

藤田嗣治「舞踏会の前」 1925年 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵=提供写真

 そこにニューヨークからやってきたのが、画家・国吉康雄(1889~1953年)。ともに明治半ばの日本に生まれた、3歳の年の差の二人。一方は東京の陸軍軍医の次男で、東京美術学校卒業後に芸術の都パリに「留学」を果たし、一方は岡山に生まれ、若くして労働「移民」としてアメリカに渡って自活しながら美術教育を受け、ようやくプロとしての頭角を示し始めたところ。絶頂期の藤田を、アメリカ在住歴が20年近くあってもパリの新人・国吉は遠くから見守るしかなかったのでしょう。

国吉康雄「夢」 1922年 石橋財団アーティゾン美術館蔵=提供写真

 国吉は28年にも再度パリを訪れますが、二人の直接交流は確認できません。最終的に40歳を目前とした国吉がニューヨーク永住を決意したのは、気候や言語の問題だけでなく、ニューヨークには近代美術館(MoMA)が開館するなど、同時代美術の活況の息吹を確信したからでしょう。国吉は「アメリカの作家」として30年代、40年代を疾走していくことになります。

 本展は、20世紀前半に海外で名声と苦悩を経験した日本出身の、同世代の二画家を向かい合わせる企画です。戦前、まだ海外への航路が「船」であった時代、二人ともに国際港・神戸から旅立ちました。二人の画業を本格的に同時に扱う企画は国内外でも初めてで、10年代末から戦中期をはさみ、国吉の没年53年前後までを絵画を中心に約120点、さらに日記や手紙なども展示します。同時期の代表作を併置して、いかに二人の制作が同時代的に深化したかをたどります。

藤田嗣治「二人の祈り」 1952年 名古屋市美術館蔵=提供写真

 これまで二人はフランスとアメリカという違いもあって、作品の所蔵先(美術館)や研究者も異なり、一つの企画にまとめることが難しかったともいえます。今回はそれぞれの研究、国内の美術館の収集の成果を集大成して実現しました。名品ぞろいに加え、21世紀になって進んだアーカイブ(日記・手紙・文献)の公的機関への収蔵と公開、デジタル化により、これまで「うわさ」「ゴシップ」的に扱われがちな両者の関係性を複数の資料で検証、軌道修正できました。

国吉康雄「ミスターエース」 1952年 福武コレクション=提供写真

 本展の準備段階でニューヨークで所在確認された、30年11月のニューヨークでの直接交流を示す「色紙」は、二画家の和やかな関係性を示すエビデンスとして、初公開となります。世界大恐慌勃発直後かつ満州事変目前の「在外邦人」の遭遇は僥倖(ぎょうこう)で、その後の日本の軍国主義化、日米開戦によって互いの立場、制作は対極となり、戦後49年に藤田がニューヨークに長期滞在した間も再会はありません。が、国吉は藤田の新作個展をそっと訪問し、戦争画から復活した藤田の様子を確認していました。

 後半生の藤田は二度と母国に戻らず、パリでフランス国籍を取得、日本国籍を放棄し、現地の土に返りました。半世紀以上アメリカに暮らした「日系一世」の国吉は、戦後の移民国籍法の改正で国籍取得可能となり、その手続き中に亡くなり、日本国籍のまま生涯を終えました。「パラレル/同時並行」な「キャリア/画業」でありながら、最終的に対照的な人生の結末を迎えた二人。ともに没後半世紀を超え、歴史的な存在となってきたこの時期だからこそ、個人史を越えて、作品そのものが対話する機会を用意します。みなさまのご来館をお待ちしております。

中山岩太「ポートレイト(藤田嗣治)」 1926~27年 中山岩太の会蔵=提供写真
アトリエで制作中の国吉康雄 1943年 福武コレクション=提供写真

藤田嗣治画像©Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 E6077

INFORMATION

特別展「藤田嗣治×国吉康雄:二人のパラレル・キャリア-百年目の再会」


◆8月17日まで

<会期>
6月14日(土)~8月17日(日)。
月曜休館(ただし7月21日、8月11日は開館し、翌日休館)。
開館は午前10時~午後6時、入場は午後5時半まで。
<会場>
兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1、電話078・262・1011)
<観覧料>
一般2000(1800)円▽大学生1200(1000)円▽70歳以上1000円(当日券のみ)▽高校生以下無料。
カッコ内は前売り。前売り券は6月13日(金)まで販売。
※チケットやイベントの詳細は同館サイトをご覧ください。
<主催>
兵庫県立美術館、毎日新聞社、MBSテレビ、神戸新聞社
<協賛>
公益財団法人伊藤文化財団、DNP大日本印刷、大和ハウス工業、公益財団法人日本教育公務員弘済会兵庫支部、一般財団法人みなと銀行文化振興財団
<特別協力>
公益財団法人福武財団
<企画協力>
株式会社キュレイターズ
<協力>
岡山県立美術館、岡山大学学術研究院教育学域≪国吉康雄記念・美術教育研究と地域創生講座≫
<後援>
NHK神戸放送局、ラジオ関西
<助成>
一般社団法人安藤忠雄文化財団、公益財団法人カメイ社会教育振興財団、公益財団法人戸部眞紀財団

2025年6月11日 毎日新聞・大阪朝刊 掲載

シェアする