
大阪市此花区にある築70年超の木造アパートで、デザイナー・後藤哲也さんの個展が開かれている。展覧会だが、中には入れない。会場は無人で、外から窓を通して鑑賞する。個展だが、会場に展示されている後藤さんの作品はポスター1枚しかない。それも日に焼け、端が破れた11年前のものだ。かと思えば、そのポスターをベースに制作した「新作」がチラシのように郵便受けに入れられていて、自由に持ち帰ることができる。
「i WANT YOU あなたがほしい」は、「展覧会」「デザイン」「作品」などのイメージを逆手に取ったような、ユニークな展覧会だ。タイトルは後藤さんが2013年にアーティストの植松琢麿(たくま)さん、林勇気さん、兵庫県立美術館学芸員の小林公(ただし)さんと結成したグループ名と同じ。会場には十数点の作品が並ぶが、鑑賞の対象になるのも主に植松さんの立体・平面作品や林さんの映像作品だ。そこをあえて後藤さんの「個展」とし、「グラフィックデザインの展覧会」の新たな形を模索したという。
後藤さんにとってグラフィックデザインはキュレーションと同じく、「課題をどう視覚的に翻訳し、どう配置していくかという思考と行為」のこと。ところが日本では「手の仕事」と捉えられ、作ったものばかりが注目されることに違和感を覚えていたという。そこで、ポスターの代表作などを並べた一般的なデザイン展とは全く異なる形を追求。通常、展覧会の広報のために作られ、終われば処分されるポスターから逆に展覧会を作ることにした。14年に大阪で開催したグループの展覧会ポスターを起点に、兵庫・芦屋市立美術博物館学芸員の大槻晃実さんをゲストキュレーターに迎えて構成した。
窓を通して見る作品は、いずれも「境界」や「線」をテーマにしている。会場の「ASAHISONOMA」は、後藤さんが建築ユニット「NO ARCHITECTS」などと共同運営するアパート「旭荘」1階のスペースで、今後も外から見る展示でグラフィックデザインの実験的な展覧会を開くという。本展は3月29日まで。16日と29日には後藤さんが在廊し、会場内での解説を行う。
2025年2月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載