「ロバ」(1928年)=高橋咲子撮影

 1920〜30年代をメキシコで過ごした画家、北川民次の約30年ぶりの本格的回顧展「生誕130年記念 北川民次展—メキシコから日本へ」が東京・世田谷美術館で開かれている。

 北川民次(1894〜1989年)は静岡県で生まれ、20歳で兄を頼って渡米。21年にメキシコを訪れ、図らずもしばらく住むことになる。36年に帰国。その後妻の実家がある愛知県瀬戸市に移り住む。

北川民次展の展示風景=高橋咲子撮影

 多彩なスタイルの変遷をたどるが、やはり30年代のメキシコを描いた作品は魅力に富む。「トラルパム霊園のお祭り」(30年)や「ランチェロの唄」(38年)など、土地に根ざした生活が幻想的な光景の内に立ち上ってくるようだ。

 もう一つの見どころは教育との関わりだろう。北川はメキシコの野外美術学校で子供たちを教え、また、子供たちから教えられた。展覧会のメインビジュアルとして用いられた「ロバ」(28年)は、そのなかで生まれた絵だ。画面いっぱいに2頭のロバを描き、右側のロバはアマリリスらしき花を穏やかに見つめている。すみずみまで丁寧に塗り込めていることからも力の入れようが分かる。

 担当した学芸員の塚田美紀さんいわく、メキシコで受け入れられたことを象徴する作品。「ロバは庶民にとって家族同然の動物。それを愛情深く描いた。土産物屋を見た程度で分かったような顔をする観光客とは違う、と美術雑誌で評価されました」

 帰国後の日本でも、子供たちを後押ししようとした。絵本制作に取り組み、戦後は名古屋市の東山動物園で児童美術学校を開き、生徒には「先生」ではなく「北川クン」と呼ばせて望むものを描かせたという。

 土地で働き、生きる人が社会をつくっていることを、確信していたに違いない。ほかにも窯業が盛んな瀬戸の風景、沖縄の米軍基地問題や日米安保闘争などの絵、晩年に手がけた壁画にいたるまで、変わらないまなざしが伝わる。

 暗い空気が漂う「出征兵士」(44年)をはじめ、約30年前の回顧展から現在に至る間に確認された作品や資料も紹介している。名古屋市美術館、福島・郡山市立美術館との共同企画。11月17日まで。2025年に郡山に巡回。

2024年10月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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