アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「ブリュアンはモンマルトルに戻り『オ・バ・ダフ』を歌う」1893年 デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸStéphane Pons

 ◇花の都、時代超えて輝き

 「ベル・エポック―美しき時代 パリに集った芸術家たち ワイズマン&マイケルコレクションを中心に」展が5日から東京都港区のパナソニック汐留美術館で始まる。19世紀末から第一次世界大戦ごろまでのパリを中心に繁栄した華やかな文化や時代を指す「ベル・エポック」。本展は、その「美しき時代」から、1930年代にかけての作品を紹介する。展示の中心となる米国の実業家ワイズマン、マイケル夫妻の絵画コレクションは日本初公開だ。見どころを、古賀暁子・同館学芸員が解説する。

 ◇古賀暁子・同館学芸員

 19世紀末から1914年ごろまでのパリが芸術的にもっとも華やいだ時代「ベル・エポック」。本展は、ベル・エポック期から1930年代に至る時代の美術、工芸、舞台、音楽、文学、モード、科学といったさまざまなジャンルで花開いた文化のありようを重層的に紹介するものだ。会場には、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックやジュール・シェレによるポスター、当時のブルジョア階級の女性や子どもたちが身にまとった衣服や装身具、エミール・ガレやルネ・ラリックの工芸作品に加えて、ステファヌ・マラルメの詩にエドゥアール・マネが挿絵を描いた豪華本や、マルセル・プルーストの自筆が書き込まれた校正刷りなど、その頃のパリの繁栄や活気を鮮明に伝える、多様な分野の作品が並ぶ。とりわけ、展示の中核をになう、デイヴィッド・E.ワイズマン氏とジャクリーヌ・E.マイケル氏の絵画コレクションは、往時のモンマルトルの世相を色濃く反映した珠玉の作品群だ。本邦初公開の同コレクションにもご注目いただきたい。

「アフタヌーン・ドレス」1870~80年代 文化学園服飾博物館蔵

 パリは、1870年から71年にかけて、普仏戦争とパリ・コミューンの動乱を経験して以降およそ半世紀近くの間、平和と政治的な安定を享受した。この時代に、オペラ座やエッフェル塔、サクレクール大聖堂など、現在のパリの都市景観を象徴する建造物も次々と完成し、巨大な近代都市へと変貌を遂げた。都心部では、ブルジョア階級の女性たちがはやりのドレスに身を包み、観劇やサロンでの社交を楽しんだ。「アフタヌーン・ドレス」は、1870年代に流行したスタイルのドレスで、後ろ腰を強調した独特のデザインは、「バッスル・スタイル」と呼ばれる。上質なベルベット地にレースがあしらわれ、上品で優雅な雰囲気が感じられる。

ジュール・シェレ「ムーラン・ルージュ」1889年 デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸChristopher Fay

 ベル・エポック期のパリ中心部では、優雅で上質な生活が人々の日常に浸透していた一方、開発の遅れたパリ北部に位置するモンマルトルは、異なる様相を見せた。そこは、19世紀から20世紀にかけて、ナポレオン3世が進めた都市整備事業(パリ大改造)によって中心部を離れざるを得なかった市民たちの移住地のひとつであった。また、新興のキャバレーやダンスホール、カフェ・コンセールが軒を連ね、歌やダンス、大道芸が供される歓楽街としてもにぎわい、近くにアトリエを構えた画家たちの格好の題材となる。モンマルトルは、美術や文芸、音楽、演劇などに携わる多彩なアーティストたちがジャンルを超えて交わり、融合した、ベル・エポックを象徴する場所となったのだ。当時のモンマルトルの活気を伝えるポスターがのこされている。ジュール・シェレが描く「ムーラン・ルージュ」は、1889年にモンマルトルにオープンしたキャバレー「ムーラン・ルージュ」の最初のポスター。「フランスが生んだ最初のポスター・デザイナー」と呼ばれるシェレは、出版物やさまざまな商品、劇場の興行等を宣伝するためのポスターを1000点以上も制作し、当時のパリの都市風景に輝きを与えた。テオフィル=アレクサンドル・スタンランが描く「シャ・ノワール」は、1881年にモンマルトルにロドルフ・サリスが開設した文芸キャバレー「シャ・ノワール」で人気を博した影絵芝居の全国巡回を宣伝するポスター。店の看板猫である黒猫がモチーフになっている。店の3階には、「祝祭の間」と呼ばれるホールがあり、そこにはシェレによる4枚組みの装飾ポスターが飾られていた。舞台にまつわる四つのアレゴリー(「パントマイム」「コメディー」「ダンス」「音楽」)が、シェレ特有の艶やかな女性によって表現されている。本展では、この4枚組みのポスターが一堂に会し、会場を鮮やかに彩る。

テオフィル=アレクサンドル・スタンラン「シャ・ノワール」1896年 デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸStéphane Pons
ジュール・シェレ「コメディー」1891年 デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸChristopher Fay

 当時モンマルトルで活躍したアーティストで、忘れてはならないのがアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。本展では、時のシャンソン歌手アリスティド・ブリュアンを大胆な構図で描いた「ブリュアンはモンマルトルに戻り『オ・バ・ダフ』を歌う」のほか、モンマルトルのスター、イヴェット・ギルベールやジャヌ・アヴリルなどを描いた14点のポスターや版画を紹介する。

シャルル・モラン「ロイ・フラー(黄色の衣装)」1895年ごろ デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸStéphane Pons

 そして、ロートレックをはじめ、モンマルトルの芸術家たちをとりこにしたアメリカ人ダンサーのロイ・フラーも登場する。フラーは、当時最新の科学技術であった電気照明を効果的に用いて、独創的な踊りを披露した。暗闇の中で、電気照明のサーチライトに追いかけられながら、袖のたっぷりとしたドレスで舞うその踊りは、観衆を魅了した。会場では、フラーに魅せられた芸術家のひとり、シャルル・モランが描く「ロイ・フラー(黄色の衣装)」をご覧いただける。まるで宙を舞うように踊るフラーが幻想的に表現されている。

アルフォンス・ミュシャ「サラ・ベルナール」1896年 堺アルフォンス・ミュシャ館(堺市)蔵 ※展示は11月12日まで

 本展では、ベル・エポック期のパリで活躍した女性たちが他にも登場する。アルフォンス・ミュシャのポスターでとりわけ有名な、女優サラ・ベルナールや、先駆的な女流画家シュザンヌ・ヴァラドンだ。ルノワールやロートレックのモデル、そしてユトリロの母として知られているヴァラドンだが、本展では画家としての彼女の作品を紹介する。モンマルトルを拠点に、同時代画家たちとも交流したヴァラドンが描く「フルーツ鉢」は、強い色彩や明確な輪郭線、平面的な筆致が特徴的な、ポスト印象派の影響を思わせる作品だ。

シュザンヌ・ヴァラドン「フルーツ鉢」1917年 デイヴィッド・E.ワイズマン&ジャクリーヌ・E.マイケル蔵 ⒸChristopher Fay

 会場では、当時の貴重な写真や映像も紹介する。ベル・エポック期のパリの雰囲気を会場で感じ取っていただければ幸いである。(寄稿)

INFORMATION

ベル・エポック-美しき時代 パリに集った芸術家たち

<会 期>10月5日(土)~12月15日(日)。毎週水曜休館(12月11日除く)。開館時間は午前10時~午後6時、11月1日、22日、29日、12月6日、13日、14日は午後8時まで(入館は閉館の30分前まで)※土日祝は日時指定予約制(平日は予約不要)
<会 場>パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1の5の1、パナソニック東京汐留ビル4階 都営地下鉄汐留駅、JR新橋駅など下車)
<入館料>一般1200円、65歳以上1100円、大学・高校生700円、中学生以下無料
<問い合わせ>ハローダイヤル(050・5541・8600)

主  催:パナソニック汐留美術館、毎日新聞社
後  援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ、港区教育委員会
協  力:日本航空
企画協力:アートインプレッション

2024年10月4日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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