上智大に展示されたイコンの前に立つ鞠安日出子さん=田中洋之撮影

 日本を代表するイコン(聖像画)画家、鞠安(まりあ)日出子さん(84)の作品展が東京都千代田区の上智大で開かれている。四谷キャンパス内のカトリック・イエズス会センターなどに「聖母マリアの誕生」「受胎告知」などイコン15点とキリスト教をモチーフにした日本画12点を展示。イコンを信仰の証しとする東方正教の信者が多いロシアとウクライナの戦争が続くなか、鞠安さんは「互いに愛し合うことの大切さを説く聖書の世界が凝縮されたイコンを通して、平和というものを考えてほしい」と話している。

 展示作品は2013年、創立100年を迎えたカトリック系の上智大に鞠安さんが寄贈したものだ。東京・新宿のカルチャーセンターで鞠安さんが講師をしていたイコン教室の生徒だった医師が、上智大とつながりがあった縁で寄贈が実現した。鞠安さんはその前に上智大神学講座で単位を得ていた。イコンの一部は学内の聖堂などに常設されているが、大学側は貴重な作品群を学生や一般向けに公開しようと特別展を不定期に開催。今回は新型コロナウイルス禍による空白期間をはさんで5年ぶり4回目となる。

 もともと日本画を描き日本美術院展にも入選した鞠安さんがイコン制作を始めたのは52歳になってから。画集に載っていた中世ロシアのイコンに魅了されたのがきっかけだった。20歳の時に〝光〟に包まれる神秘的な体験をし、44歳でカトリックに入信した鞠安さんは「イコンを描くことで、あの光を表現できると思いました」。

 鞠安さんは本物のイコンを学ぶため1995年と97年にロシアを訪問。ロシアのイコン画家の案内で各地を回り、モスクワ滞在中はトレチャコフ美術館に何度も通い有名なイコン「ウラジーミルの聖母」の前にたたずんだ。このような思い出があるだけに、22年にロシアが始めたウクライナ侵攻には「深く重い心の痛みを感じた」。特にロシア正教会トップのキリル総主教がウクライナ侵攻を支持していることに「政治と宗教の癒着はあってはならない」と憤る。

 開戦後はイコンへの傾倒をさらに強め、心を落ち着かせようと短歌も詠み始めた。昨年刊行した自伝的著書『平和祈願 天と地の狭間(はざま)を生きる』(毎日新聞出版)には<悲しきは戦争始まる報ありて人世の罪の深さを思う><侵略の国の主教が侵攻を称賛するは如何(いか)なる宗教><泣きぬれてイエスの光輪描き終え戦争終結ただ祈るのみ>など450首が収録されている。

 鞠安さんは現在、長野県宮田村にある自宅兼アトリエのそばに三間四方の「イコン館」を建設している。これまでに手がけたイコンを壁全面に飾り、天井にも新作イコンをはめ込む計画で、来春に完成予定だ。3年前に夫を亡くした鞠安さんは「イコンを描くことは神さまから与えられたミッションであり、私の生きる力になっています。これからも健康の続く限りイコンを描き続けたい」と語る。

 上智大での作品展は18日まで(平日のみ)。入場無料。問い合わせはカトリック・イエズス会センター(03・3238・4161)。

2024年10月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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