寄稿 東京国立近代美術館主任研究員・花井久穂さん
「ハニワと土偶の近代」展が10月1日から東京国立近代美術館(東京都千代田区)で始まる。明治時代から現代にかけて、美術を中心に、文化史の舞台に躍り出た「出土モチーフ」の系譜を追いかけ、ハニワや土器、土偶への視線の変遷を探る展覧会だ。本展を企画した花井久穂・同館主任研究員が見どころを解説する。
1950年代の美術作品には、なぜかハニワや土偶といった出土遺物のイメージを伴うものが多く登場する。ジャンルを問わず、伝統系・前衛系の別なく、画家、彫刻家、工芸家、デザイナーたちが、ある特定の時代、ハニワや土偶に夢中になり、絵や彫刻の中にそれらを描き込む。この現象に気づいたのは、およそ10年前、ある近代美術館の収蔵庫の中でのことである。出土品の「美」について、美術好きの方はまず、この二人の名前を挙げるだろう。イサム・ノグチと岡本太郎。戦後、彼らが「原始の美」を「発見」し、それまで考古学資料にすぎなかった出土遺物が「芸術」として扱われるようになった、という言説である。ピカソがアフリカの仮面に美を「発見」した、という物語をなぞるように、いわゆる西洋の「プリミティビズム」を日本が受容したというのが美術史の一般的な見解である。しかし、収蔵庫の中には、彼らのモダンアートとは何ら接点もなく、仏像を主に制作してきた彫刻家の一木造りの木彫があり、その頭上にハニワらしき動物が載っている=写真、森山朝光「陽に浴びて」。これを「プリミティビズム」の影響といってしまうには、あまりに飛躍があるように思われた。それと同時にこの無縁の者同士の、関心の一致は一体何なのだろう、と新たな興味が湧いてきたのである。戦後、ハニワに何が起きたのかという視点で戦後史をひもとくと、美術史とは全く異なる見方が現れてきた。
50年代は、日本中の土が掘り起こされた時代である。敗戦で焼け野原になり、その復興と開発のためにあらゆる場所が発掘現場になったことで、遺物が地表に現れ出てきた状況がある。また、戦後の日本にとって、歴史観の編み直しも大きな課題だった。終戦直後の「墨塗り教科書」の時代を経て、刷新された歴史教科書の冒頭には、古代の神々の物語に代わって、石器や土偶、ハニワといった出土遺物の写真が登場するようになる。50年代は古代への情熱と、経済成長が表裏一体の関係にあった、稀有(けう)な時代なのだ。
しかし、さらなる疑問に遭遇することになる。ハニワの「美」を称揚した人たちは、明らかに戦中期にもいたのである。敗戦を挟んだ二つのハニワブーム。それに続く「日本の伝統」をめぐる「縄文VS弥生」という二項対立の言説。縄文ブームは今なお健在である。どうやら「自画像」の描き直しの度に、出土遺物が召喚されてきたらしい。
出土遺物は、美術に限らず、工芸、建築、写真、映画、演劇、文学、サブカルチャーに至るまで、幅広い領域でモチーフとして取り上げられ、さまざまなブームを巻き起こしてきた。なぜ、出土遺物は一時期に集中して注目を浴びたのか、その評価はいかに広まったのか、作家たちが遺物の掘り起こしに熱中したのはなぜか。本展は、美術を中心に、文化史の舞台に躍り出た「出土モチーフ」の系譜を、明治時代から現代にかけて追いかけつつ、ハニワや土器、土偶に向けられた視線の変遷を探るものである。ハニワの展覧会が全国各地で開催される今年、ぜひハニワと土偶をめぐる近代美術の物語を併せてご覧いただきたい。
◇音声ガイド 声優の田中さん
音声ガイドナビゲーターは、NHK「おーい!はに丸」(1983~89年放送)のはに丸役や、連続テレビ小説「虎に翼」に出演する、声優で俳優の田中真弓さんが務める。貸出料金650円(税込み)。
INFORMATION
「ハニワと土偶の近代」展 東京国立近代美術館
<会期>10月1日(火)~12月22日(日)。月曜と10月15日、11月5日は休館。ただし10月14日、11月4日は開館。入館は午前10時~午後4時半。金・土曜は午後7時半まで。会期中、一部展示替えあり
<会場>東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3、地下鉄東西線・竹橋駅下車)
<観覧料>一般1800(1600)円、大学生1200(1000)円、高校生700(500)円、中学生以下無料 ※かっこ内は前売り(30日まで販売)および20人以上の団体料金
<問い合わせ>050・5541・8600(ハローダイヤル)
※チケットの詳細やイベント情報は、展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 毎日新聞社、東京国立近代美術館、NHK、NHKプロモーション▽協賛 JR東日本、光村印刷
2024年09月23日 毎日新聞・東京朝刊 掲載