電球に照らし出された空間で、静かに向き合う二つの石。床に描かれた重なり合うラインは親密さを予想させるのに、同時に目に入る二つの影は、心の内を暗示するかのようにそっぽを向いている――。現代美術家、李禹煥(リウファン)の大規模個展が、兵庫県立美術館(神戸市中央区)で開かれている。「ものともの」や「ものと場所」の関係を追求してきた李の作品はどれも寡黙だが、今を生きる我々に多くのことを伝えてくれる。
1936年、韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)に生まれた李は、56年に来日した。日本大で哲学を学んだ後、美術の世界へ。近年国内外で再評価が進む「もの派」を、制作と理論両面で支えた存在として知られる。西日本初となる今回の本格個展は、李自身が構成。最初期の絵画作品から、李を代表する彫刻「関係項」シリーズの最新作まで約60点を展示する。回顧展という位置づけだが、「僕の絵画はどこに掛けるか、彫刻はどこに設置するかによって、絶えず場との関係が現れる」と李が語るように、昨年の東京会場(国立新美術館)ともまた違った鑑賞体験を得られる。
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兵庫県立美術館は、香川・直島にある李禹煥美術館と同じ安藤忠雄建築。「緊張感のある空間で、作品も緊張感のあるものになるよう心掛けた」という。特に間口の狭さにこだわり、「次の空間へと渡る時に、一種の劇的な『あれっ』ていうイメージを与えることを工夫した」。「関係項」シリーズの近作が並ぶ部屋の先には、「人間は建てようとし 自然は戻そうとする 私はその両面の見える門を提示する」との李の言葉。その壁を回り込むと、小さく区切られた空間に、冒頭の作品「関係項―星の影」(2014/22年)が現れる。
ラ・トゥーレット修道院(フランス)で発表された「関係項―棲処(B)」(17/22年)は、兵庫県立美術館のテラススペース「光の庭」に展示され、敷き詰められた石片の上を歩くことができる。東京では展示されなかった「関係項―無限の糸」(22年)は、屋外のらせん階段に展示。1本の糸が垂れ下がった丸い鏡面をのぞき込めば、無限の広がりが体感できる。
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「大量生産するとか、自分の考えを大きくひけらかすよりも、控えめにものや空間に語らせるということでやってきました」と振り返り、行き詰まりを見せる資本主義社会に危機感を示す。「人間がもう少し他者や外部、宇宙、自然、いろんなものとの共存を考えてやっていかなきゃならない。その暗示やヒントになれば」。「おこがましいですが」と前置きした上で、そう語った。
展示の締めくくりは、絵画の近作「応答」シリーズ。鮮やかな色彩のグラデーションと余白、そして作品が掛けられた天井の高い空間が響き合う。「物語や意味ある記号を描かなくても、鐘を打てば辺りに響くように、キャンバスにわずかな筆のタッチで絵画性が現れることを示すことができました」。最新作の前に立った李は、「僕は年を取ったけども、絵の方は若くなったかもしれない」とほほえんだ。12日まで。月曜休館(078・262・1011)。
2023年2月1日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載