祖母のなきがらを描いた「HARBIN 1945 WINTER」(右奥)。手前のスクリーンに制作過程が映し出されている

【展覧会】
諏訪敦 眼窩裏の火事
取材が支えるリアル

文:平林由梨(毎日新聞記者)

現代美術

 古典的技法で緻密に描く写実絵画の第一人者、諏訪敦(1967年生まれ)の個展が東京都府中市の市美術館で開かれている。丹念な取材に基づく制作スタイルは現代アートの系譜にも連なり、一部展示はインスタレーションのようだ。

 雪原に横たわる骨の浮いた女性。「HARBIN 1945 WINTER」で描いたのは、旧満州(現中国東北部)に渡り、終戦の年の冬、難民収容所で亡くなった祖母の姿だ。本作の手前に掲げたスクリーンが制作過程を示す。諏訪はまず、祖母と体形が近いモデルを横たわらせ裸婦像を描いた。その像をいくども上書きし、一枚のカンバスの上でやせ細らせていったのだ。一見、余計な作業を通して、諏訪は祖母の死を、その傍らにいた幼き父のまなざしを追体験した。同美術館の鎌田享学芸係長は「実際には見ていない祖母の死を描くということに対し、どれだけ手を尽くして向き合っているかが分かる」と語る。制作に先立ち、諏訪は現地を2回訪れ、資料を集め、様子を知る人物を見つけて話を聞いた。分厚いファイルや、現地での素描も並ぶ。

100歳の大野一雄を描いた「大野一雄」

 緻密な取材は、相手の存在をまるごと写し取る者の責務なのだと、舞踏家・大野一雄(06~2010年)を描いた作品も伝える。30代、まだ無名の諏訪は、大野に手紙で取材を依頼。その元に通った。100歳を迎え、寝たきりになったあらわな姿を描いた作品からは、取材を通して生まれた互いの覚悟が感じられた。

 諏訪が近年悩まされている視界に光がゆらめく閃輝暗点(せんきあんてん)という症状を描き込んだ作品が少なくない。私たちにその光は見えないが、諏訪にとっては紛れもないリアル。写実絵画の現在地だ。26日まで。

2023年2月1日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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