
博物館で絵画を鑑賞する。しかも、目の前の展示物を描いた絵画を。
ありそうでなかった展覧会が今、大阪で開かれている。題して、「絵をくぐる大阪市立自然史博物館」。そこにある博物館と、キャンバスをくぐって絵の中に収まった博物館。二つの「博物館」を行ったり来たりする、新しい鑑賞体験だ。
会場は大阪市立自然史博物館(大阪市東住吉区)の第2展示室。「地球と生命の歴史」をテーマに、骨格標本や鉱物などが所狭しと展示されている。今回、絵画がかけられたのは、壁面の展示スペース上部。来場者が見上げた視線の先に、200号12枚分9点の大作が並ぶ。

ここが「子どもと日常的に来ている場所」だという画家、田中秀介(1986年生まれ)が制作した。9点には中央展示台の風景の一部を切り取って描いたものもあれば、一片の火山岩や小さな化石を画面いっぱいに大きく描いたものも。全ての作品のスタートラインにあるのが、田中自身が感じた「違和感」だ。
例えば、火山岩を描いた「一端の星」。第一印象は、岩の断面なのに「単純に夜空に見えた」。触れられる展示なので顔を近づけて見てみたり、少し離れてぼーっと見てみたり。映り込んだ照明が大きな星のようにも見えてきて、今まで見てきた空をイメージして描いたという。
「威勢寸借」では、大阪市内で見つかったザトウクジラの肩甲骨の前に、帽子をかぶった男の子が立つ。扇形の大きな骨をクジャクの羽のように背負った男の子は、まるで巨大な海の生き物の迫力を「寸借」しているかのよう。数千年前の骨と、この世に生まれて数年の命。その奇妙な取り合わせが田中の目を捉えた。
博物館を訪れる人が必ずしも美術が好きだとは限らない。そう考え、9点の作品はわかりやすさや、実物と対比できる状況を保つよう描いたという。ただ、当然そこでは、田中という画家によって実物を変化させる作業が行われている。「作者が実物から何を追加し、削り、どう変形させているか。絵ってどういうことだろうか。それをさらす状況を作っているわけです」
博物館での絵画鑑賞が異例なら、完全に見上げる格好での鑑賞も異例。「人が描いた絵というものが、なぜ魅力があり、なぜ力を発揮するのか。普段通り見ていたらわからないことも、わかるかもしれない」。鑑賞の邪魔になりうる状況も、田中は「絵というものに迫る一つの道順になるのでは」と捉える。
来場者に配られるハンドアウト(作品解説)には、全作品に田中の文章と、博物館学芸員による解説が記されており、ここでも「行ったり来たり」ができる。
「一端の星」に田中は、「私が住むここは星で、となると見渡すもの全てが星の一端。この石も同じく星の一端を担うが、その中にさらに星を見出(みいだ)す。ともすると夜空は石の表面」と書いた。続けて学芸員が、大阪と奈良にまたがる二上山から採集した火山岩であることや、断面に見えるのは火山灰や軽石であることを書く。小さな物語がある田中の短文と、描かれたものについて淡々と教えてくれる解説のギャップが面白い。
「博物館という現実世界をバージョンアップしてくれる試み」と話すのは、佐久間大輔学芸課長。「学芸員がコントロールする展示物を、こちらの意図とは関係なくお客さんが見て、鑑賞は完成する。今回はそこにもう一つ、田中さんの声が加わった。より立体的な理解になっていくと思う」。12月11日まで。月曜休館(06・6697・6221)。
2022年11月30日 毎日新聞・大阪夕刊 掲載