エル・グレコ ≪祝福するキリスト(「世界の救い主」)≫ 1600年ごろ 油彩・カンバス 73×56.5センチ

 スコットランド国立美術館(エディンバラ)所蔵の15~19世紀の西洋絵画を紹介する特別展「THE GREATS 美の巨匠たち」が、北九州市立美術館本館(戸畑区西鞘ケ谷町)で開かれている。ラファエロ、エル・グレコ、ベラスケス、レンブラント、ターナーら、西洋美術史に名を刻む画家たちによる油彩、水彩、素描など89点。日本初公開(東京、神戸は巡回済み)の作が多数を占める。

 6章(「プロローグ」と「エピローグ」含む)から成る展示は時系列に沿っている。1章「ルネサンス」では、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロと並ぶイタリアの盛期ルネサンスを代表する三巨人の一人、ラファエロの希少な素描「『魚の聖母』のための習作」(1512~14年ごろ)と出合える。タイトルが示す通り、ラファエロの祭壇画「魚の聖母」の習作で、チョークでスケッチし、その上に筆をのせている。中央に聖母子を配した構図は完成作とほぼ同じ。聖母子像は37歳で生涯を終えた画家が40点以上もの作品を残し、最も得意としたテーマだけに、繊細、優美な筆致がさえわたり、淡彩の小品とは思えぬ存在感に満ちている。

 私がこの章で最も長い時間見入ってしまったのが、エル・グレコの油彩「祝福するキリスト(「世界の救い主」)」(1600年ごろ)である。暗い背景の中に出現したキリストは面長の美青年。右手で祝福のポーズを取るが、表情は沈んでいるようにも見える。謎めいているのだ。頭の周りに浮かぶ白いゆらめきは後光やろうそくの炎を連想させ、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 ギリシャに生まれ、イタリアでの修業を経て、スペイン・トレドで才能を開花させたエル・グレコはマニエリスムを代表する画家。トレードマークともいえる人体を極端に引き伸ばした表現は本作では控えめながら、赤と青を効果的に使った鮮烈な色彩感覚は存分に発揮されている。野球の投手にたとえるなら、盛期ルネサンスの天才たちには直球(画力)ではかなわない。変化球(誇張など)に活路を見いだし、個性を強調して成功した点においてグレコは先駆者だったといえる。日本国内の美術館では2点(国立西洋美術館「十字架のキリスト」、岡山・大原美術館「受胎告知」)しか作品が見られない。九州・山口で鑑賞できる機会は皆無に近い。そんな思いが頭をよぎり、「祝福~」の前から離れられなかった。

ディエゴ・ベラスケス ≪卵を料理する老婆≫ 1618年 油彩・カンバス 100.5×119.5センチ

 2章「バロック」では、スペインの宮廷画家として活躍したベラスケスの油彩「卵を料理する老婆(ろうば)」(1618年)に圧倒された。質素なつくりの室内。高齢の女性が鍋で卵を揚げながら、少年を見つめている。地味な日常の場面だが、光と影のコントラストが劇的な気配をまとう。さらに注目すべきは、女性の手のしわや卵、陶器、金属、ガラスなどの質感の描き分け方。リアリズムの極北ともいえる精度で表されている。これが10代の作と知って心底驚いた。技術力と演出力が共振する本作は本展の最大の呼び物の一つ。世界最高峰の絵画の呼び声もある「ラス・メニーナス」を世に送った画家の資質が早くも見て取れる。

レンブラント・ファン・レイン ≪ベッドの中の女性≫ 1647年 油彩・カンバス 81.1×67.8センチ

 この章には、オランダ史上最大の画家、レンブラントの油彩「ベッドの中の女性」(1647年)もある。旧約聖書に基づき、7人の夫を悪魔に殺されたサラが描かれているとされるが、予備知識がなければ、あらわな肌から官能的な物語を想像してしまうに違いない。私の目には女性が笑っていると映った。豪華な額縁に収められており、ベッドから何かをのぞく女性をこちらが逆に窓越しからのぞいているような罪悪感を覚えた。聖書や神話を人間ドラマとして提示するのが得意だった画家らしい作例。オランダの画家といえば、近年はフェルメールが大人気だが、2人を比較すると、画家としての格と美術史に残した足跡の大きさではレンブラントが圧倒的に優位に立つ。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー≪トンブリッジ、ソマー・ヒル≫ 1811年 油彩・カンバス 92×122センチ いずれもⒸTrustees of the National Galleries of Scotland

 会場を巡ると、1859年に開館したスコットランド国立美術館が、イタリア、スペイン、フランスなど、欧州全体に網を広げ、重要な画家の作品を収集してきたことが分かる。むろん、肖像画の名手を輩出してきた英国だけに、ゲインズバラ、レノルズら、国内の巨匠のコレクションも充実している。4章「19世紀の開拓者たち」では、世界をリードした英国風景画の二大巨頭の競演が楽しめる。コンスタブルの油彩「デダムの谷」(1828年)は緑が輝き、雲がうごめく。ターナーの油彩「トンブリッジ、ソマー・ヒル」(1811年)は空間が光で満たされ、極小サイズで描かれた動物たちが躍動している。大局を捉えるだけでなく、細部までこだわり抜いた画家の姿勢に感心させられ、動物の愛らしさに心が和んだ。

 このほか、ルーベンス、ヴァン・ダイク、ブーシェ、アングル、ルノワール、スーラら。九州・山口で催される展覧会としては、かつてないほど豪華な顔触れがそろう。

 11月20日まで。月曜休館(11月14日は開館)。北九州市立美術館本館(093・882・7777)。

2022年10月15日 毎日新聞・西部朝刊 掲載

シェアする