新宿区百人町の自邸と庭を原寸大で再現した。手前は実際に使われていた製図台

 建築界随一のコスモポリタンとして知られた吉阪隆正(1917~80年)の個展が東京・木場の東京都現代美術館で開かれている。ル・コルビュジエの薫陶を受けた建築家としての顔にとどまらず、アルピニスト、教育者、文明評論家として目の前に広がるパノラマに相対した姿を30の建築とプロジェクトから描き出す。

 吉阪は、内務官僚だった父と共に幼少期をスイスで過ごす。国境のない地図を用いた平和教育を受け、戦中には「相互理解と平和のために建築に取り組む」と決意。早稲田大では考現学で知られる今和次郎に師事し、50年からの2年間をコルビュジエのアトリエで過ごした。アフリカ横断遠征隊を指揮し、マッキンリーやキリマンジャロにも挑み、世界を水平にも垂直にも移動した国際人だった。

 展示の冒頭に登場する宙に浮いたメビウスの輪は、表と裏という単純な二項対立に距離を置いた吉阪の思想を象徴する。活動拠点でもあった初期の代表作「吉阪自邸」は、展示室の壁一面に断面図を引き延ばし、原寸展示した。そこに集った研究所員や学生らと議論を重ね、共に建築を作り上げた当時の空気を伝える。日本建築学会賞を受けた「アテネ・フランセ」や八王子の「大学セミナー・ハウス本館」といったコンクリートによる彫塑的な代表作と共に、雪下ろし不要の形状というキノコ型をした山岳建築の数々も紹介する。

吉阪が描いたアルゼンチンの神話をメビウスの輪にして展示している

 最終章ではこれまであまり語られてこなかった都市への提案をまとめた。山手線内を丸ごと緑地化するという吉阪版「東京計画」は半世紀たった今こそ多くの共感を呼ぶだろう。反転した日本地図や立方体をした地球儀からは固定観念から逃れ、幅広い射程で、鳥の目で、建築を見据えたまなざしが伝わる。6月19日まで。

2022年4月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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