アンナ・メアリー・ロバートソン・“グランマ”・モーゼス「美しき世界」1948年 個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)Ⓒ2022, Grandma Moses Properties Co., NY

【展覧会】グランマ・モーゼス展―素敵な100年人生なぜ国民的画家に

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

フォークアート

 南北戦争勃発の前年に生まれた米国の農婦、アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961年)はいかに、そしてなぜ国民的画家「グランマ・モーゼス」になったのか。

 70代で本格的に取り組み始めたという油彩画の核にあるのは、モーゼスの人生だ。見てきた風景、体験した農村の営みを、絵筆をこするようにして描いていく。山々や起伏に富んだ地形、うねる道や傍らにある家。単純化されてはいるが実感にあふれている。

 桃色がかった夕方の空や雷雨をもたらす雲など日々の天候、5月のせっけん作りや晩夏のアップル・バター作りなどが伝える農村の四季を感じ、点在する人々を目で追ううち絵に入り込んでしまう。

 「美しき世界」をはじめとする作品は、本人の言葉を思い起こさせる。「もちろん苦しいこともありました。(略)忘れるようにと自分に言い聞かせたのです。最後には、すべては過ぎ去っていくものなのですから」。作者が「アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス」ではなく「みんなのおばあちゃん」として知られるように、描かれるのは現実世界ではなく、アメリカという国の追憶の幸せだ。

 78歳でコレクターに見いだされ、40年、80歳のときニューヨークの画廊で初個展を開催。展覧会名は「一農婦の描いたもの」だった。図録の年表によると44年には「グランマ・モーゼス」の展覧会が開かれている。東京・世田谷美術館学芸員の遠藤望さんいわく、当初「マザー・モーゼス」とも呼ばれたが、新聞記事発のこの愛称が定着した。

グランマ・モーゼス関連商品のうち、布地(1974年)や子供服(50年代)、ハンドバッグ(55年ごろ)

 本人を招いた百貨店の催事、自伝の発行、ドキュメンタリー映画、絵をあしらったクリスマスカードや食器、衣服などの商品化といった展開もおもしろい。急速に都市化する時代、前近代的香りをとどめる世界が多くの人に愛された。一方で、広く浸透するには近代的メディアの存在が欠かせなかったのだ。

 絵の具入れにした空き瓶や、手作りのキルト、家族のアルバムなど、作家その人を感じさせる資料も展示されている。それらも含めて「グランマ・モーゼス」の物語なのだ。世田谷美術館で2月27日まで。広島・東広島市立美術館にも巡回。

2022年1月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする