ジョルジュ・バルビエ「素晴らしい小さな魚…-夏のドレス」(『ガゼット・デュ・ボン・トン』1914年5月号より)鹿島茂コレクション(東京・練馬区立美術館寄託)©NOEMA Inc. JAPAN

【美の越境】雑誌が先導する美意識

文:東京大大学院教授・今橋映子(比較文学比較芸術)

美術

 いまや「オールドメディア」と言われかねない雑誌だが、1世紀前にはこれが「美意識の最先端」をいくメディアであったことを忘れている人は少なくない。紙・印刷・デザイン・タイポグラフィー・編集の全ての力を集結し、そこに銅版、石版、写真製版などの技術の限りをもって、作家、画家や写真家の仕事を世に押し出す。「文学美術雑誌」とも呼ぶべき存在。

 にもかかわらず雑誌は読み捨てと差別されて、100年後の今までに残ることは至難の業だ。日本を代表する19~20世紀フランス古書の、稀代(きだい)の蒐集(しゅうしゅう)家としても知られる仏文学者・鹿島茂氏のコレクションは、日本でその分野をカバーする貴重なアーカイブであり、今回も、それが惜しみなく展覧会として公開された(昨年群馬県立館林美術館で開催。現在新潟県立万代島美術館「花開くパリ・モダン」展に巡回中。9月6日まで)。鹿島コレクションの8回目となる今回の展覧会だが、ご本人曰(いわ)く「最もユニークで最も野心的な」展覧会になったという。それこそが、「コレキュレーター」(コレクターであり学芸員でもあること=鹿島氏の造語自称)による戦略の賜(たまもの)で、絵入り新聞、雑誌のグラフィックアートに的を絞り、松下和美学芸員(館林美術館)との完全協働によって実現した。

 しかもこの展覧会は、「なにゆえファインアートよりも先に、1902年から05年にかけての時代に、グラフィックアートの方に一斉に『モダン』が出現したのか」という学問的問いから出発している。その解明には今後、美術史と文化史を越境した検討が続けられていくだろうが、今回の展覧会そのものは、開催2館の学芸の力によって明るく華やかに、19世紀パリのファッション、美術、舞踊、スポーツや音楽にまで浸ることができる空間に仕上がっている。本や雑誌の展覧会は、観(み)る人がそれを手に取ることができないだけに難しいのだが、今回は、さまざまな展示の工夫によってほとんど不満を感じることがない。新潟ではフランス絵本の展示も充実しているのが嬉(うれ)しい。それにしても、蒐集眼の素晴らしさで、洋紙の傷みがほとんどなく、印刷の発色も良いコンディションの素晴らしい頁(ページ)が居並んでいるのは圧巻である。

 本展の中心に浮かび上がるのは、リュシアン・ヴォージェルという辣腕(らつわん)編集長の姿である。彼が手がけた美術・写真雑誌が網羅的に、時系列に展覧される機会は本国でも稀(まれ)だろう。写真史の側からみても、ケルテス、クリュル、ブラッサイといったモダニズム写真家が、異国の地パリでなぜ、どのように受け容(い)れられ、その才能を発揮していったのかという舞台(雑誌『ヴュ』など)そのものが、改めてよく分かるのである。

 本展では触れられていないが、ここに居並んでいる美術雑誌の幾つか--例えば『アール・エ・デコラシオン』や『ガゼット・デュ・ボン・トン』などは、実は同時代の日本にももたらされ、例えば東京美術学校や資生堂などでも大いに参考にされて、日本の若いグラフィックアーティストたちを生んだ土壌となった。驚くことに美術批評家・岩村透は1914年にロンドンの画廊で、『ボン・トン』所収の(バルビエらの)挿絵展覧会を観ている。また同時代の挿絵画家・スタンランの展覧会では「真筆の力」に感服している。まさしくパリのグラフィズムは同時代の美的波動を日本にももたらしていたのである。そうした歴史の中に置き去りにされていた感動の現場を探るためにも、世界でも類を見ない鹿島コレクションの恩恵は、今後とも計り知れないだろう。展覧会カタログ(『フランスのモダン・グラフィック』、平凡社)もオールカラーで、鑑賞にも研究にも使える美しい書物である。

2026年8月13日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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