歌川広重「雪中芦に鴨」天保3~6年(1832~35) RISD美術館蔵 Courtesy of the Museum of Art, Rhode Island School of Design, Providence Gift of Mrs. John D. Rockefeller, Jr.

【美の越境】海を渡った広重の花鳥画

文:学習院大教授・今橋理子(日本美術史)

日本美術

 「浮世絵花鳥版画」収集品の最高峰、ロックフェラー・コレクションが里帰り中である。1990年に開催されて以来、実に36年ぶりの展覧会を、筆者は千葉市美術館で観(み)た(現在は三重県立美術館へ巡回中)。浮世絵と聞くと、多くの方は北斎の「風景画」や歌麿の「美人画」、また写楽の「役者絵」を思い浮かべるだろう。そうした浮世絵が19世紀末のジャポニスム時代に、ヨーロッパの芸術家や文化人たちを魅了したことは、現在では広く知られている。しかしその浮世絵のなかに、「花鳥画」がジャンルとして存在していたことは、あまり認識されていないようである。

 実はジャポニスムやアールヌーボー作品には、江戸の花鳥版画から影響を受けている例が少なくない。ジャポニスムブームに大きな影響を与えた美術雑誌『芸術の日本』(Le Japon Artistique)の創刊号(1888年)には、歌川広重画「雪中芦(あし)に鴨(かも)図」がデザインとして用いられ、記念碑的に表紙を飾っている。この例一つを取っても、いかに当時の日本美術愛好家(ジャポニザン)たちが、花鳥版画に惹(ひ)かれていたかが窺(うかが)われるだろう。今回の展覧会ではその「雪中芦に鴨図」も含め、摺(す)りや保存状態が非常に良い選(え)りすぐりを約160点鑑賞できる。

 このコレクションの旧蔵者アビー・オルドリッチ・ロックフェラー(1874~1948年)は、高名な大富豪ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアの妻で、彼女は慈善家として、また多くの芸術家のパトロンとしても知られた。アビーは1916年から花鳥版画収集を始め、およそ20年をかけて米国内外で約700点を集めたという。とくに21年には、生涯で一度だけ訪れた日本で約50点を購入したが、その大半が広重画だった。数多くの希少な作品の収集に成功した背景には、収集家としてのアビーの確かな審美眼と見識、そして何よりも「花鳥版画」という絵画ジャンルへの、深い愛情を感じずにはいられない。

 今回の展示で注目されるのは、広重の花鳥版画に多く見られる詩歌画賛(俳諧や狂歌、漢詩など)についてで、なるべく懇切に読み解き、作品解説に活(い)かしている点である。花鳥版画を賞翫(しょうがん)するためには、実は文学的理解が不可欠なのだが、広重の画(が)に挿入された詩歌は必ずしも人口に膾炙(かいしゃ)したものだけではない。それだけに原典調査には、相当の手間と時間がかかる。今回の展覧会では可能な限り丹念な仕事が成され、鑑賞者の助けになるよう工夫されていた。

 さて、先の「雪中芦に鴨図」には次のような俳諧画賛がある。「鴨啼や/風吹しはむ/水の面」(『俳諧故人五百題』冬之部二十二)。一読では、野鴨が遊ぶ冬の冷たい水辺の光景が謳(うた)われ、そこはかとなく寂(さみ)しさが感じられるのだが、実はここには「可笑(おか)しみ」も隠されている。というのも、「風吹(かぜふき)」とは「ごうごうと鳴る風の音」のこと。転じて「(人が)文句を言う」ことも意味する。つまり、ここでは冒頭の「鴨啼(な)く」の言葉にも掛かっており、実は野鴨たちが「グワグワ」と「うるさく啼いている」さまも同時に表している。作者は江戸中期の蕉風俳人・杉坂百明(?~1784年)。現代では有名ではないが、広重の時代にはよく知られた句であったのだろうか。広重はつがいの鴨が遊ぶ雪景色の「静けさ」を描いてみせるが、画に添えた詩も味わうことにより、何か心温まる「音の世界」もさりげなく演出しているのである。「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展」は26日まで。

2026年7月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする