アンデシュ・ソーン「故郷の調べ」(1920年 スウェーデン国立美術館蔵)

【美の越境】伝播する「世界の印象派」

文:東京大大学院教授・今橋映子(比較文学比較芸術)

西洋美術

 フランス印象派といえば、日本では長らく随一の人気で、多くの展覧会が開かれてきたが、実は近年、北欧の印象派画家たちが次々と日本で紹介されてきたことは、気づかれているだろうか? 一昨年の「北欧の神秘」展ではノルウェー、スウェーデン、フィンランドが、2017年にはデンマークの芸術家村スケーエン派が紹介されている。

 北欧に限らず、印象派の同時代的伝播(でんぱ)は実に広汎(こうはん)に及んでいる。近代日本はもちろんのこと、イギリス、アイルランド、ドイツ、ベルギー、ハンガリー、スペイン、ロシア、アメリカ、カナダ……と挙げれば切りなく(冨田章『旅する印象派』)、私はこの現象を「世界の印象派」と呼べないかと、ずっと考えてきた。

 「世界の印象派」はもちろん一様ではない。ただ多く共通する現象として、19世紀末にパリに留学し、私塾アカデミーで学び、バルビゾンやグレ=シュル=ロワンのようなコロニーでボヘミアン生活を体験する。印象派の温和で明るい人物、風景画だけでなく、バスティアン=ルパージュから労働者を描く写実主義に学ぶ者もいる。母国に帰ってからは画壇の新派として活躍し、中にはインターナショナルな名声を得る画家もいるし、翻って民族的な起源を求めて神話世界に没入する作家もいる--というほぼ「共通の」現象が起こったのである。

 例えばあの黒田清輝は若き日にグレ村で、そうした諸外国の画家たちと実際に交流し、同様の画題も扱ったという視点(美術史家・荒屋鋪(あらやしき)透)は、今でもとても新鮮に映る。

 さらに面白いのは、今から100年前の美術批評家・岩村透は雑誌『美術新報』で、そうした同時代の「世界の印象派」たちを、これからの日本人洋画家たちの道しるべにならないか、と盛んに紹介していたことだ。アイルランドのジョン・ラヴェリー、スペインのホアキン・ソローリャ、アメリカのチャイルド・ハッサム、そしてスウェーデンのアンデシュ・ソーンがとりわけ岩村のお気に入りではなかったかと思われる--それにしても100年前にこれだけの情報を持っていたこと自体、驚かされる。

 ちょうど今年、大規模な「スウェーデン絵画」展が東京(東京都美術館、12日まで)を皮切りに、山口(山口県立美術館、28日~6月21日)、愛知(愛知県美術館、7月9日~10月4日)と巡回する。ソーンはもちろんのこと、スウェーデン国立美術館の名品が相並ぶ、またとない機会である。

 スウェーデン近代絵画といえばこれまで、何といってもカール・ラーションの人気が筆頭だろう。今回も、親密で暖かい室内の細部まで、緻密で色鮮やかに描いた作品の数々を改めて堪能できた。そのラーションがどのような美術的環境の中にいたのか、それがこの展覧会では具体的に展開されていることが醍醐味(だいごみ)だ。

 ラーションと同時期にパリやグレ村にいた多くの画家たちが、印象派的自然描写を瞬く間にものにしながらも帰国後、「スウェーデン独自の絵画とは何か」に悩み、民族的アイデンティティーを追求する。ソーンがダーラナ地方の民族衣装をまとった女性を闊達(かったつ)で大胆な筆で描いたこの一枚も、そうした試みのひとつだろう。

 あるいはラーション同様、若き日にグレ村で学んだカール・ノードシュトゥルムは、何がスウェーデン的風景画なのかを生涯追求し、西海岸のヴァールバリに他の画家と共にコロニーを形成しつつ、湿潤ではなく透明で雄大な北欧の風景を(さらにゴーギャンの画風にも可能性を探って)描く。博物画ではなく、あくまでも自然の中に生息する鳥や生物を巧みなタッチで描き込むブリューノ・リリエフォッシュの名品が展示されているのも貴重な機会である。国際的で民族的とは何か--越境する画家たちの多様な試みを堪能したい。

2026年4月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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