2023年春に大阪・あべのハルカス美術館の開催で評判だった「絵金」展が、ついに東京・サントリー美術館にやって来た! しかも今回の展覧会は、東京では1971年以来の大型展となる。これは絶対に見逃せないのである。
幕末土佐の高知城下に、髪結いの子として生まれた浮世絵師・絵金(本名は弘瀬金蔵、1812~76年)。実はこの名は「絵師の金蔵さん」という意味の呼称で、本人が名乗ったものではない。はじめ土佐藩御用絵師に学び、画才を見込まれ18歳のときに江戸へ留学。駿河台狩野派系の前村洞和に師事し才能を開花させ、わずか3年で修業を終える。その後、帰国するとすぐに土佐藩家老の御用絵師に取り立てられ、また名字帯刀も許された絵金は「林洞意(はやしとうい)」と名乗り活動することになる。
貧しい町人の出身としては驚異的な出世だった訳だが、弘化元(1844)年33歳の頃、突然に藩絵師としての身分と姓名は剝奪され、しかも城下を追われることになる--その理由は、一説に贋作(がんさく)事件に巻き込まれたためとも伝わるが、詳細は定かではない。中年期以降の動向は不明な点も多く、ゆえに「謎の絵師」と評されることも少なくない。ただ、叔母を頼って赤岡(現・高知県香南市赤岡町)に滞在した縁で、同地には彼の芝居絵屛風(びょうぶ)20点あまりが伝わっており、現代ではこれらが絵師金蔵の代表作として、とりわけ高く評価されているのである。
例えば、二曲一隻の屛風絵「浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなずま) 鈴ケ森(すずがもり)」。初めて目にした鑑賞者のなかには、あまりに猟奇的で「血みどろ」の惨劇に、思わず目を背けてしまう人もいるかもしれない--だが見方を変えると「芝居」という、もとより虚構の世界に、これほどに直截(ちょくせつ)的な表現を放つ画家のエネルギーは尋常ではない。これは決して絵金作品が、「極彩色」であることだけに由来するものではないだろう。文字通りの「劇的」な表現は、同じく多数の役者絵を幕末の世に送り出した歌川派の画とも、また異なる迫真性に満ちている。
画面の左側、しゅっとした出(い)で立ちの若衆「権八」役を務めるのは、五代目岩井半四郎(1776~1847年)。歌舞伎特有の所作で、両踵(かかと)をつけ足先を「八」の字に広げ立つ姿は、観(み)る者の視覚に飛び込んでくる。女形から若衆、荒事までこなす名優として人気だった五代目は、生来の美貌に加えて「目千両(めせんりょう)」と謳(うた)われた眼差(まなざ)しと、何よりもその自然体の演技で、共演した役者たちをも虜(とりこ)にしたという。この屛風絵にも、役者のそうした伝説的な存在感が確かに漲(みなぎ)っている。五代目半四郎の当たり役だった「権八」を、絵金は江戸留学中に直(じか)に観たと推察されるが、ここに描かれたものは単なる「写生」ではない。役者の卓越した演技力がさらなる刺激となり、画家の感性も強く揺さぶられている--それが惨劇を前にしても鑑賞者を釘(くぎ)付けにするのである。
地元では、およそ10カ所の神社の夏祭りで絵金の屛風絵が絵馬台に飾られ、宵闇のなか参拝者が提灯(ちょうちん)の灯(あか)りで鑑賞するという風習が、江戸末期より現在も続いている。今回の展覧会でもその魅力的な鑑賞方法が、疑似的に体験できる。まさに「百聞は一見に如(し)かず」である(11月3日まで)。
2025年9月11日 毎日新聞・東京夕刊 掲載