(左から)今橋映子教授、今橋理子教授=東京都千代田区で2025年3月3日、宮本明登撮影

【美の越境】美術の醍醐味、読者と共有

文:東京大大学院教授・今橋映子、学習院女子大教授・今橋理子

◇東京大大学院教授・今橋映子いまはし・えいこ 学習院女子大教授・今橋理子いまはし・りこ

 今月から私たちが交代で、美術展を機縁とした時評をリレー連載していくことになった。それぞれが自分の専門で長く仕事をしてきたが、姉妹といえどもこれまで「共同」で仕事をしてきたことは一度もなく、今回の姉妹連載のご提案を不思議なご縁と受け止め、自分たちも楽しんで続けていければと思っている。

 昨年あたりからようやくコロナ禍の影響を少しずつ脱し、美術展も以前の活況を取り戻してきた。美術館の改修などもあちこちで進んでいるようだ。美術展はおおまかに、館や学芸員の企画をもとに開催される「企画展」(複数館での「巡回展」を含む)と、各館が所蔵する作品を中心に構成される「所蔵品展」に分けられるが、とりわけこの20年ほどは、所蔵品展でも様々さまざまな工夫が凝らされて見応えがあるものが多い。この連載ではその双方を取り上げていけたらと考えている。

 幸い私たちは、互いにあまり分野と時代が被(かぶ)らないテーマを研究してきた。理子は、江戸絵画を中心とする日本美術史、日欧の博物学と比較日本文化論(主著に『江戸の花鳥画』『江戸絵画と文学』『江戸の動物画』『秋田蘭画の近代』『桜狂の譜』『兎とかたちの日本文化』など)。映子は、日仏を主とする比較文学比較文化から出発し、都市写真や報道写真論、日本近代美術批評・美術思想などを追究してきた(主著に『異都憧憬 日本人のパリ』『パリ・貧困と街路の詩学・1930年代外国人芸術家たち』『〈パリ写真〉の世紀』『フォト・リテラシー』『近代日本の美術思想――美術批評家・岩村透とその時代』など)。従って私たちが専門に扱えるのは、日本の前近代美術、19~20世紀欧米美術、近代日本美術、世界の写真史などである。

 面白いのはこうして長く研究を重ねてくると、「これは自分の専門」などと限定することができないほど、ある意味自然に、そして時には意識的に、専門の境界を乗り越えて様々な「美のあり方」に対面し、深く感動するに至るということである。

 例えば、美術と博物学の境界にあるような江戸時代の花鳥画を扱っていると、それが日本の伝統的な動物表象の問題につながり、果ては「和菓子の造形」にまで到達することがある。あるいは近代日本の美術批評家・岩村透を扱うと、画家・黒田清輝と共闘して洋画家の地位を押し上げようとする岩村の活動は、同時代の建築家・中條精一郎や、作家・森鷗外とのコラボレーションでもあった事実に、心から驚かされる。ジャンルとしても絵画、彫刻、建築、工芸、文学、音楽などに広がるだけでなく、博物学、美術批評、アートマネジメント、美術行政……に至るまでの全てが、「美」の世界を取り巻いていることに気づくのである。

 「美の越境」と命名したこの連載タイトルは、そうしたジャンル越境、国境や文化の越境、時代の越境などの様相を美術の世界に発見し、その醍醐味(だいごみ)を味わい、読者の皆様と共有したい--という二人の思いから導き出された。そもそも現代の美術展覧会の企画や展示自体に、「越境」と呼ぶほかない仕掛けがしばしば見られる。私たちはそうした美術展の仕掛けを通じて、単に制作家個人の創作世界に閉じられることのない、美術が世界と結ばれるあらゆる可能性を再発見することができるだろう。毎月、読者の皆さまと、新たな発見の旅に出ることを楽しみにしている。=隔月で執筆。次回5月8日は、今橋理子教授です

2025年4月10日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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