李禹煥《線より》 1977年、縦181センチ×横227センチ、顔料・画布 福岡アジア美術館所蔵

 群青色の顔料をたっぷり含ませた筆を画面の上から下まで垂直に落とす動きは、まるで重力のままに滴り落ちる水の動きを想起させる。そして、画面上の顔料が濃く置かれた点から下に伸びるかすれた線は、隅から隅まで一定に反復されると同時に、筆を動かす一瞬の時間を刻印しているかのよう。絵画でありながら一筆で画面を決定し、重ね描きなどを許さない厳格な態度は、修練のために水墨画を描いた禅僧に通じるものを感じざるを得ない。

 本作の作者である李禹煥は、1936年に韓国に生まれ、ソウル大学を中退した後、56年に叔父を訪ねて来日。日本大学文学部哲学科に入学して勉学に励む傍ら、詩作と絵画の制作に取り組み始める。30代の頃には芸術批評活動に注力しながら、イメージを形象化することを前提にした西洋美術の近代的価値観への批判として、「あるがままの世界との出合い」という哲学理論に基づいた、造形性を排除した作品を制作し始める。本作は、73年に初めて発表された絵画シリーズ「点より」「線より」の展開作品であり、李が打ち出した哲学理論を余すところなく伝える初期の代表作だ。

 李は、幼年の頃から書や水墨画を学び、東洋的な芸術観を培ってきた。そのような背景からうかがえるように、本作からは、「絵画」でありながら「書」のようであること、「描く」と「書く」こと、さらには「西洋」と「東洋」といった両義性を抱えながら国際世界に立ち向かう、李の真摯(しんし)な態度を感じ取ることができる。

PROFILE:

リ・ウファン(1936年生まれ)

韓国に生まれ、56年に来日後、日本大学で哲学を学ぶ。60年代から創作を始め、石や木を使った作品を発表。「もの派」の主導的な作家に。現在も国際的に活躍。今夏、国立新美術館(東京・六本木)で大回顧展を予定。

INFORMATION

福岡アジア美術館(092・263・1100)

本作は9月6日まで開催するコレクション展「アジアの近現代美術―黎明(れいめい)期から現代まで」で展示中。5月は水曜(4日は除く)、6日休館。福岡市博多区下川端町3の1リバレインセンタービル7、8階。

2022年5月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする