山口蓬春《香港島最後の総攻撃図》 1942年 紙本彩色 縦154センチ、横216センチ 東京国立近代美術館所蔵(無期限貸与作品)

 ああ、この絵だったのか。東京国立近代美術館の所蔵作品展で、足が止まった。

 1941年12月8日真珠湾攻撃の日に、日本軍は英国領香港の攻略戦を開始した。同25日のクリスマス、英国軍との戦闘の末に香港占領を果たす。日本画家、山口蓬春(1893~1971年)は翌年陸軍省の派遣で香港を訪れ、スケッチを元に激戦の日を描いた。

 香港島にあるビクトリアピークや上空を旋回する日本軍機、海上の英国艦船がシルエットで表される一方、西洋式の建物群は緻密に描かれ、あくまでも壮麗だ。爆撃を受け、炎が金色にきらめく。絵巻物の合戦場面のように、生々しさからはほど遠く、風雅でただ美しい。

 この絵に出合ったのは昨秋東京都内であった戦争記録画にまつわる展覧会だった。演出家・アーティストの高山明さんの個展。とはいえ、戦争画は一枚も展示されていない。壁にあるQRコードを携帯電話で読み取ると、絵を元に書いた詩の朗読が流れるという仕掛けだ。

 香港出身の詩人、作家の廖偉棠(リャオウァイトン)さんが柔らかな広東語で「香港無惨(むざん)絵」を読み上げる。

 <無惨って/快楽なのだろうか?/それじゃ、僕らはこう言えるんだね。/ロレンスさん、クリスマスは無惨ですか?/山口君、戦場は蓬勃(ほうぼつ)たる春なのかい?(下村作次郎氏訳)>

 私は白い壁を前に、どんな絵なのかと想像した。香港民主化運動、そして今はウクライナの惨状も重ねて見ることができる。美しいこの絵には、血を流す人間の姿は描かれていない。

 ◆メモ
 ◇戦争記録画
 日中戦争や太平洋戦争期に、戦意高揚や戦争の記録保持を目的に描かれた。主に軍の嘱託として戦地に派遣された画家が制作。1951年に連合国軍総司令部(GHQ)が一部を接収したが70年、日本に「無期限貸与」され、東京国立近代美術館が管理している。

INFORMATION

所蔵作品展「MOMATコレクション」

5月8日まで、東京都千代田区北の丸公園3の1、東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー(ハローダイヤル050・5541・8600)。本作は「日本画と戦争」エリアで展示。

2022年4月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

シェアする