
ペンを持った男が自分を取り囲むように、ぐるぐるとうずまきを描いている。ユーモラスな設定に思わず笑ってしまうが、すぐに面白さだけを狙ったドローイングではないと気がつく。
鋭い線が、潔い余白が、抽象的な記号となって見る人の想像力を面白さのその先へといざなうからだ。一方向に延びる線は時間や歴史のメタファーか、自らの手で生存圏を狭めている人類に対する皮肉なのか、などと。
ルーマニアのユダヤ人一家に生まれたスタインバーグはイタリアで建築を学んだ後、ファシスト政権による弾圧から逃れ、米ニューヨークに渡る。文芸誌「ニューヨーカー」にイラストを描くようになり、その知的で洗練された作品は読者を魅了した。藤子不二雄や柳原良平ら日本の漫画家やイラストレーターに影響を与えたことでも知られ、当時、高校生だった和田誠はスタインバーグの初の作品集「All in Line」を全ページ模写したという。
本作だけでなく、国という概念や、コミュニケーションの不確かさをめぐる風刺は、半世紀以上たった現在もなお、鋭い批評性を帯びていた。スタインバーグは「私は読者に共犯を呼びかけている」と語ったという。シンプルな線が、慣れ親しんだ現実世界の姿を揺さぶる。共犯者になるということは、そこであぶり出される矛盾の目撃者になるということだ。
約280点からなる国内初の大規模個展となった。本作の原画は縦約50㌢、横約38㌢。いくつかの作品は、写真のように大きく引き伸ばされていて、線のかすれなどまでよく見えた。
PROFILE:
Saul Steinberg(ソール・スタインバーグ)(1914~99年)
ルーマニア生まれ。ブカレスト大で哲学と文学を、現在の伊ミラノ工科大で建築を学ぶ。41年に渡米。米誌ニューヨーカーでの仕事で、「漫画に革命を起こした」などと高く評価された。
INFORMATION
ソール・スタインバーグ シニカルな現実世界の変換の試み
12日まで、東京都中央区銀座7の7の2のギンザ・グラフィック・ギャラリー(03・3571・5206)。会期末まで無休。
2022年3月7日 毎日新聞・東京夕刊 掲載