「AINU」より 2014年ⒸIkeda Hiroshi

【アートの扉】
池田宏「AINU」
固有名詞と共に

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

現代美術

 フォークリフトに右手を置き、左手を腰に当てる男性。くちびるをきゅっと結んで、こちらを見つめている。仕事中の一枚だろうか。写真家とのやり取りが目に浮かぶ。

 展示している16点のうち、大半が1人だけを写したポートレートだ。部屋に入ると、力強い視線に、こちらが見られているような緊張感もある。静内、白老、幕別、二風谷、網走、白糠……。キャプションには、北海道各地の地名が並ぶ。池田宏は、2008年から北海道に何度も足を運び、アイヌの人たちを撮影してきた。

 雪のなかに簡素なたたずまいながら、すっくと立つエカシ(長老)のクワ(墓標)。指の付け根と手首にシヌイェ(伝統的な入れ墨)を入れた左手。輝く光をたたえる能取岬。展示室では、ポートレートに風景が、風景にポートレートがそれぞれほのかに映り込み、土地のなかに人がいるのだと感じさせる。

 写真のほか、池田がこれまでに読んできたアイヌに関わるさまざまな種類の本や、撮影日記も展示している。日記には、たくさんの固有名詞が出てくる。その人たちと酒を飲んで、ご飯をごちそうになり、一緒に風呂に入る。集合体のアイヌではなく、「その人を知る」ことが根底にあるのだ。

 本展には、土地と人、記憶について思考を巡らせる、池田、吉田志穂、潘逸舟(はんいしゅ)、小森はるか+瀬尾夏美、山元彩香と5組6人が参加。山田裕理学芸員は作品について「今私たちがどのように土地や風景と対話し、どのように他者と向き合うのか、一つの手がかりを与えてくれるだろう」と話していた。

PROFILE:

いけだ・ひろし

1981年、佐賀県生まれ。大阪外国語大外国語学部スワヒリ語科卒業。2020年、日本写真協会賞新人賞を受賞。写真集に「AINU」(リトルモア)。東京都人権プラザで22年1月14日~3月31日、写真展「現代アイヌの肖像」開催予定。

INFORMATION

記憶は地に沁(し)み、風を越え 日本の新進作家vol.18

2022年1月23日まで、東京都目黒区三田1の13の3、東京都写真美術館(03・3280・0099)。月曜日と12月28日~22年1月1日休館(1月3、10日は開館、4、11日は休館)。

2021年11月29日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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