行円「笙 銘 小男鹿丸」 一管 径7㌢、長さ52・6㌢ 鎌倉時代 1215年 サントリー美術館蔵

【アートの扉】発見!お宝 サントリー美術館/2 行円「笙 銘 小男鹿丸」箱に表れた殿様の愛

文:久保佐知恵(サントリー美術館学芸員)

コレクション

日本美術

 写真を見て「どちらが作品なの?」と思われた方がいるかもしれない。向かって右が「笙(しょう) 銘 小男鹿丸(さおしかまる)」という作品である。左はそれを収納する箱だが、作品本体をしのぐほど美しく装飾されている。どうしてこの箱は、これほど豪華なのだろうか?

 まずは作品を見ていこう。本作は笙という楽器で、鎌倉時代の僧・行円(1159~?年)が制作したと伝わる由緒正しいものである。笙は古来、鳳凰(ほうおう)が羽を休める姿をかたどり、その音色は天から差し込む光を表すとされている。本作のうち、口を付けて吹く部分に施された鳳凰文の金蒔絵(まきえ)は、後世になって付け加えられたと思われる。

 さて、笙を収納する箱は、本作の旧蔵者で、希代の楽器コレクターとしても知られる紀州藩第10代藩主・徳川治宝(はるとみ)(1771~1853年)が誂(あつら)えたものである。外箱、中箱、内箱から成る三重箱で、先に見た箱は内箱に相当する。この内箱は木製漆塗りで、叢(むら)梨子地(なしじ)という地文様に、徳川家を示す葵紋(あおいもん)が金蒔絵で散らされた手の込んだ作りとなっている。

 さらに言うと本作には、笙を入れる本袋や、笙を寝かせるときに用いる枕、金糸で葵紋を織り込んだ略式の替袋、楽器商・神田家による鑑定書なども付属している。こうした厳重かつ豪華な箱や付属品の数々は、古(いにしえ)の楽器に対する治宝の深い敬愛の表れと言えよう。

 これに限らず日本の古美術の場合、作品を収納する箱はしばしば、実用的な機能を超えた特別な意味を持っている。箱には、作品を後世へ守り伝えようとする先人たちの思いが込められているのだ。

〈メモ〉

紀州徳川家伝来楽器コレクション

 主に徳川治宝が収集したと伝わる楽器の大半は「紀州徳川家伝来楽器コレクション」として千葉・国立歴史民俗博物館に、一部は東京・国立劇場やサントリー美術館などに収蔵されている。

INFORMATION

開館60周年記念展 ざわつく日本美術

14日~8月29日、東京都港区赤坂9の7の4、東京ミッドタウン内のサントリー美術館(03・3479・8600)。「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、コレクションを味わう展覧会。本作は通期で展示される。火曜休館(8月24日除く)。
※現在は終了しています。

2021年7月12日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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