西川祐信「美人図」 一幅 紙本著色 縦108㌢、横47㌢ 18世紀 サントリー美術館蔵

【アートの扉】発見!お宝サントリー美術館/1 西川祐信「美人図」次元超えた視点の交差

文:久保佐知恵(サントリー美術館学芸員)

コレクション

日本美術

 一見地味に感じられたり、難しいと思われたりしがちな日本の古美術のなかには、思わず「心がざわつく」ような作品が数多くある。たとえば西川祐信「美人図」は、日本の古美術には珍しいヌードであり、じっと眺めていると、女性の私生活を覗(のぞ)き見しているような、そわそわした気持ちになってしまう。

 臆せず細部を見ていこう。湯浴(ゆあ)みをした後なのだろうか。上半身もあらわな女性が浴衣を肩にかけたまま、赤い腰巻(下着)の紐(ひも)を結んでいる。背後の衝立(ついたて)の端にかぶさっているのは、彼女がこれから身にまとう着物と帯であろう。ここで注目したいのは「画中画」である。というのも、女性が視線を落とした先には衝立の中に描かれた高士がおり、彼もまた女性を見つめているからだ。

 衝立の中の高士は、その服装や従者の童子が抱える琴から、中国東晋の詩人・陶淵明と見なすことができる。隠逸の詩人として名高い陶淵明であるが、彼の詠んだ詩のなかに「閑情賦(かんじょうふ)」という一風(いっぷう)変わった作品がある。すなわち、自分が恋心を寄せるとある女性に対して「願わくは裳(も)に在りては帯と為(な)り、窈窕(ようちょう)の繊身(せんしん)を束ねん(私が裳ならば帯となって、貴女のたおやかな細い腰を締めあげたい)」など、赤裸々な10個の妄想を吐露しているのだ。

 ここで本作に立ち戻ると、腰紐を結ぶという女性の行為自体が、陶淵明が「閑情賦」で詠(うた)った妄想のひとつとわかる。絵の中の高士が絵の外の女性に恋をしたところで虚(むな)しいだけ。二人が存在の次元を超えて視線を交わすことにより、決して叶(かな)わない一方通行の恋を象徴的に表したところに、本作の隠れた面白さがある。

PROFILE:

西川祐信(にしかわ・すけのぶ)(1671~1750年)

江戸時代に京都で活躍した絵師。艶本(えんぽん)や浮世草子の挿絵、雛形(ひながた)本、絵本などを手掛けたほか、清楚(せいそ)な顔立ちの肉筆美人画を得意とした。

INFORMATION

開館60周年記念展 ざわつく日本美術

14日~8月29日、東京都港区赤坂9の7の4、東京ミッドタウン内のサントリー美術館(03・3479・8600)。「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、コレクションを味わう展覧会。本作は通期で展示される。火曜休館(8月24日除く)。
※現在は終了しています。

2021年7月5日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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