フランス現代美術を代表するボルタンスキー(1944年生まれ)は、写真や何気ない日用品を用い、記憶や死を喚起する作品を手がけてきた。ユダヤ教徒だった父親(後にキリスト教に改宗)の死を機に、80年代半ばからユダヤ人の歴史を扱うインスタレーションを作り始めた。
本作は、そのシリーズの一つ。金属のフレームの中に人物写真が遺影のように収められ、薄暗いランプの明かりに照らされている。棺(ひつぎ)のように積み上げられているのはブリキのビスケット缶だ。ぼやけるまで拡大された笑顔の写真の人物たちは、31年にウィーンのユダヤ人高校の最終学年に在籍していたことだけが確認されていて、その後の第二次世界大戦を生き抜いたのかはわからない。薄明かりの中、整然と並べられた不穏な祭壇は、確かに生きていた「誰か」の、そして「誰にでも」訪れる死を想起させる。
ボルタンスキーのインスタレーションは「スペースの特徴に合わせて作り直す」ことが求められる。展示する際には、写真やブリキ缶を一つ一つ壁に固定していくが、この作業にはかなりの時間を要するのに加え、作品のパーツ自体に負担をかけることになる。作品の本質を損なわないよう作家と協議した上で、写真は展示による劣化から保護するため複製に、ランプは、経年劣化でオリジナルのプラスチック製のクリップが展示に耐えられなくなったため金属製のものに替えられた。残すはブリキ缶だが、代替品に換えないための保存と展示方法が目下の課題だ。美術作品において「オリジナルとはなにか」考えさせられる作品でもある。
<メモ>
現代美術が抱える問題
20世紀以降の美術作品には既製品が用いられることも多く、オリジナルであることを重要視しない作品も多い。しかしそれゆえに、時代の変化により代替品の入手が困難な場合もある。
INFORMATION
横浜美術館(045・221・0300)
横浜、愛知県美術館、富山県美術館の3館の収蔵品から20世紀西洋美術史をたどる「トライアローグ」展は28日まで。本作を含む約120点を紹介。休館は木曜(11日を除く)と12日。愛知、富山にも巡回。横浜市西区みなとみらい3の4の1。
※「トライアローグ」展(横浜美術館、愛知県美術館)は終了しました。
2021年2月8日 毎日新聞・東京夕刊 掲載