夏休み。それは私にとって、美術館教育について集中的に考えを巡らせる時期である。奉職する和歌山県立近代美術館では、近隣の児童生徒らが多く来館するシーズンだ。目的は、市内の各校で夏季休暇中の宿題にも指定されているワークシートで、友達同士や親子連れでじっくり(あるいは頭を抱えて?)取り組んでいる姿を展示室で日々目にする。ワークシートの設問に「で、正解は?」と尋ねる人もいるが、会場にいる職員たちは「正解はありません」と答えてくれる。ワークシートは問題集ではなく、答えのない問いに向き合う手立てとしてある。
この「宿題」が出されるのは、その名も「なつやすみの美術館」と冠したコレクションによるシリーズ展で、2011年の第1回から、はや16回を数える。大人も子どもも一緒になって美術に親しめる機会を目指し、これまでの担当学芸員らは「子ども向けであっても、子どもだましとするなかれ」といった心持ちを共有してきた。私はここ数年継続して企画を担当しているが、昨年は戦後80年の節目でもあり「美術の歴史と歴史の美術」、今年はさらに大風呂敷を承知の上で「もしも〝美術〟がなかったら」と題した。つまり展覧会のテーマ自体を、答えのない問いとして意識的に位置付けている。
そしてこの問いに向き合うのは来館者だけではなく、第一に上述の宿題ワークシートを作っている「和歌山美術館教育研究会」の参加者たちだ。この研究会には私を含めた複数の学芸員と、学校教員を中心とした美術館教育に関心を持つ有志たちが集まり、数カ月かけて展示内容や作品、また子どもたちの視点について話し合っている。そこで繰り広げられる参加者同士の議論は担当者の視野を広げ、展覧会内容にも大きく影響を与えることになる。もはやこの研究会とワークシートは「なつやすみの美術館」の成立条件となっており、それと同時に私のなかでの美術館教育の姿を常に更新していく。
転機もあった。ようやく10回目を迎えようとしていた年、それは20年のコロナ禍である。断続的に緊急事態宣言が出されるなか、研究会に人を呼び集めることはもちろん、校区外への外出となる美術館への来館を、子どもたちの宿題とすることがはばかられた時期だ。そのためこれまで積み上げてきた「なつやすみの美術館」展のかたちを、私は半ば諦めつつあったが、この状況で何ができるかと研究会メンバーらが考え、自分たちでリモート会合をセッティングして準備を始めてくれたのだった。展覧会が開くなら、生徒たちの宿題にはできなくとも、自分たちの活動は続けられるでしょ、という屈託ない姿勢がたいそう頼もしく、心強かったのを覚えている。
その頃から少しずつ、私が目指すべき美術館教育の姿が像を結び始めたように思う。それは美術館が多様な教育プログラムを「提供する」あり方ではなく、顔の見える関係でゆるやかにつながる人々の、いわば「勝手連」のような活動だ。地域社会のなかで、それぞれが美術館に求めるニーズが重なって、「美術館と」あるいは「美術館で」、自分たちの学びの場を作り出せる人を増やすこと--そうした活動によって地域に根ざしていく美術館とその教育を目指したいと、あらためて思う26年の夏である。
「なつやすみの美術館」の詳細は公式サイト(https://www.momaw.jp/education/summer_museum_project/)へ。
2026年8月10日 毎日新聞・東京朝刊 掲載