米ロサンゼルスのゲティセンターはゲティ財団のミュージアムである=2022年、青木加苗撮影

【ART!】
助成金のイニシアチブ

文:青木加苗(あおき・かなえ=和歌山県立近代美術館)

美術

 PST(Pacific Standard Time)とは太平洋標準時、つまり北アメリカ西海岸のタイムゾーンのこと。この語を名に冠した「PST ART」は、南カリフォルニア地域の各文化機関が統一テーマに基づいて企画を実施するおよそ5年おきの大規模なアートのイニシアチブだ。2011年の初回以来、毎回70ほどの美術館や施設が参加する。

 ここでいう「イニシアチブ」とは事業やプロジェクトの意味で、それにより進むべき方向へ舵(かじ)を取るイメージだ。出資者のゲティ財団は過去3回、各機関の企画と準備期間に対して約5000万㌦をその資金として提供してきた。先日、第4回のテーマ「ロサンゼルスと環太平洋地域の交流」が公表され、30年の実現に向けた企画募集が始まった。

 一つのテーマの下に同時期に展示が実現する、いわば芸術祭なのだが、それが助成金という体裁で全面的に資金提供されている。アートの中心地としてロサンゼルスの国際的な立場を高めることが目的である一方、同一地域のミュージアムによる地域連携としても機能している。

 しかしPST ARTの最も注目すべき特色は、統一テーマを事前に深く議論し、参加機関の応募検討から企画実現までを通して、その研究推進を促していることだ。そこには過去と現在を新たな目線でつなぐために美術史を再構築し、その方向転換を導く、という理念がある。今回の「環太平洋地域」というテーマも、自分たちが取り組むべき現代の課題だという自覚に基づく。現政権で排除の圧力がかかる移民や地政学問題しかり、それがこの地域の文化資源であり、現在につながるアイデンティティーであるからだ。

 美術史の再構築という視点も重要だ。既存の美術史は基本的に国や地域が範囲となるが、多様な文化を内包する環太平洋という広域な視点は、新たな枠組みを形作る。歴史がその語り手によって異なる世界を示すなら、今回のPST ARTでは美術を通じて現在と接続したポリフォニックな歴史のナラティブが試みられるだろう。同じ海を囲み、戦争によってその海を越えようとした日本の私たちも、このテーマの当事者である。

 ちなみに当初よりPST ARTの目標にはミュージアムへの新たな来館者層の開拓が示され、開幕を伝える11年のロサンゼルス・タイムズは「cultural tourism」すなわち「文化観光」と報じている。文化観光といえば、今まさに日本が国として推進する政策である。20年には文化観光推進法が成立、さらに22年の博物館法改正によって各地の博物館施設はその拠点となることが求められた。

 そこで国は各地域に文化観光への取り組みを募る。地域活性化や高付加価値化の観点を重視し、経済効果が見込める計画に国庫補助が下りる建て付けだ。ただし地方分権の大前提から地域文化の舵を取るイニシアチブたり得ない。博物館施設には、受け継がれてきた文化資源の魅力や価値を、わかりやすく、かつ正しく伝えることを求めるだけだ。

 しかし当の文化資源についての議論が見逃されてはいまいか。歴史や文化は必ずしも正の側面とは限らず、不変ですらない。それを物語る作品や資料は、常にその価値をアップデートしてこそ未来に伝えられる。ならば価値づけに関わる博物館人には、語りの主体や枠組みへの問いに向き合い、そのイニシアチブを取る責務がある。アートはそのための推進力となるはずだ。

2026年6月8日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

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