今年の前半を振り返ってみると、いつにも増して「国宝」という言葉が耳目に触れた半年間であった。この記事を執筆している時点で、歌舞伎の世界を題材にした同題の映画が大ヒット上映中である。だが、ここで取り上げたいのはそちらではない。この春以降、関西地方にあるいくつかの国公立の美術館と博物館を中心に、たいへんに豪勢な展覧会が立て続けに開催された。ここでは、こちらを話題にしたいと思う。それらの企画の多くは、いくつかの展覧会タイトルに銘打たれていたように、時期を同じくして開幕した大阪・関西万国博覧会(万博)にことよせたもの。国宝の語は、これらの展覧会の惹句としてもちいられた。
国宝とは何か。1897年の古社寺保存法においては「歴史の証徴又は美術の模範となるべきもの」(第4条)と定められていたが、1950年に制定された文化財保護法では次のように定義しなおされた。「重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」(第27条2)。なるほど、大阪・関西万博では、「豊かな日本文化の発信のチャンス」とすることが目標のひとつに掲げられている。そのため、「世界文化の見地から」高い価値を認めうるたくさんの国宝を展示公開することは、今回の万博の趣旨によくかなうというわけである。
1867年のパリ万博に幕府とふたつの藩が、73年のウィーン万博に明治政府が参加しはじめたころ、万博は自分たちが高度な文明をそなえた国家であることを世界に示すとともに、国際社会における認知度を向上させるための大切な機会であった。
ありとあらゆる日本製品とともに、美術工芸品もまた国威の発揚の期待を背負って輸出された。実際、1900年のパリ万博にあわせて編まれた官製の日本美術史書では、中国やインドとは違って他国の支配を受けたことのない日本の美術がいかにすばらしいものであるかが声高にうたわれている。万博は、一見するとグローバリズムを装いながら、ともすれば対外的には自国の文化の優位性を説き、内向きにはナショナリズムをあおる舞台にもなりかねない。
この種の政治性を帯びがちなテーマをあつかいながらも、今春の京都国立博物館の「日本、美のるつぼ」展は、日本美術がいかに世界からの刺激を受けてきたかを冷静に見せてくれた。会場には、俵屋宗達の「風神雷神図屛風」や葛飾北斎の「冨嶽三十六景」のような誰もがよく知る作品が並べられていた。だが、真の狙いは万博と日本美術の関係から展示を丁寧に説き起こし、多様な文化が溶け合うさまとともに日本美術の展開をとらえることにあった。
すでに評価と人気が確立している作品を数多く集めて展示すること自体、悪いとは思わない。ただ、展覧会が一過性の興行として消費されるだけでは、いかにももったいない。参議院選挙で躍進した政党の標語よろしく「日本美術ファースト」を国宝の展示で訴えるにせよ、グローバルな視点を打ち出すにせよ、展覧会はその開催にたずさわった人々が作品の展示を通じてどのようなことを考えたのかを世間に問うための場であってほしい。学芸員は、その思索をかたちにするためにいるはずだ。
2025年8月11日 毎日新聞・東京朝刊 掲載