木彫レリーフや映像作品が並ぶ笹岡由梨子さんの個展会場=清水有香撮影

【ART】
千葉で笹岡由梨子展
渦巻く村の記憶、鎮魂歌

文:清水有香

インスタレーション

現代美術

 「どうして? どうして?」。短調のメロディーにのって会場中に歌が響き渡る。それは湖底に沈んだ村の声だという。千葉県の高滝湖畔にたたずむ市原湖畔美術館。改修中の同館の一部を活用した個展シリーズ「暗闇をくぐってみたら」の第2弾で、笹岡由梨子さん(1988年生まれ)の新作が披露されている。独自の歌やキャラクターを用いて異空間を生み出す気鋭のアーティストだ。

 高滝湖は90年、川の治水などを目的とした「高滝ダム」の完成に伴い生まれた。ダム建設により集落は湖底に沈み、人々は移住を余儀なくされた。「なぜ村人が出ていってしまったのか。人間の生活のために沈んだ土地の気持ちを歌おうと思いました」と笹岡さん。制作の手がかりは、共同体の断片的な記憶だった。

 展覧会の入り口はショップ内にあり、暗がりの先に最初の一室が広がる。壁に並ぶのは、村の子どもや老人を描いた色鮮やかな木彫レリーフ5点。それらを紙芝居調に映すビデオ作品「隣人」が別の壁に投影される。レリーフはどれも顔の部分が丸くくりぬかれ、表面に残る彫り跡は土地が負った傷のようでもある。

 不穏な気持ちを抱えて奥の部屋へ進むと、白黒の写真が目に留まる。よく見れば先のレリーフと同じ構図だと気づく。今もこの地域に暮らす加藤清市さんが、ダム完成までの20年間を撮った村の記録写真だ。空白だった匿名の図像は具体的な顔となって迫ってくる。隣には、美術館の前身「市原市水と彫刻の丘」(95年完成)の基になった「水中彫刻公園」のカラフルな構想図も。実現しなかったそれは共同体の夢の跡を描く。

湖底に沈んだ村から着想した笹岡さんのビデオインスタレーション「渦巻」(2026年)=清水有香撮影

 吹き抜けから見える地下には、遊具のようなインスタレーション「渦巻」が展示される。例の歌にあわせ、色とりどりのランプを点滅させながら円盤状の構造物が床で回り続ける。上面に並ぶ大小の丸い小窓には笹岡さん演じる老若男女の村人たちの顔が投影され、「どうして」と叫んでは水面下に沈む。それらは村の鎮魂歌であると同時に、今ここに渦巻く声となって「あったかもしれない世界」を伝える。23日まで。

2026年9月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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