福岡県出身の日本画家、井手康人(63)の初の大規模個展が、北九州市立美術館本館(戸畑区西鞘ケ谷町)で開かれている。副題は「共鳴する祈り」。「バリ島」「富士」「神々のシリーズ」の3章から成り、1990年代半ば以降に手がけた28点がそろう。
井手は戸畑高校を経て、東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒(後に同大学院博士後期課程満期退学)。大学在学中から日本美術院展覧会(院展)を中心に発表を重ね、2014年に日本美術院同人に。21年には、リリー・フランキーと共に北九州市民文化賞を受けている。
東京芸術大時代の恩師、故・平山郁夫がシルクロードで大輪の花を咲かせたのに対し、井手は94年に初めて訪れたインドネシア・バリ島の神々や風習などを取り上げ、画境を深めてきた。
バリ島の火葬の取材に基づく「百花為誰開(ひゃっかたがためにひらく)」(13年、足立美術館蔵)は、白いドレスをまとった女性が画面の中心に立つ。その表情は気高い。背後の聖獣と周りを囲む踊り手たちの存在はどこかおぼろげ。燃える花々に包まれ、神秘と幻想の雰囲気を醸し出している。バリ・ヒンドゥー教を信仰する人々にとって、葬式は苦しみから解放され、神のもとに旅立つ死者を送るハレの場。本作に悲しみの要素はなく、荘厳な場面でありながら、うっとりとするような心地よさに満ちている。
井手の作品は細部が凝っており、間近で鑑賞して初めて全体像が把握できる例が少なくない。大作(縦186・0㌢、横372・0㌢)の「転生」(17年、足立美術館蔵)、「宿命」(18年、同)、「二元」(19年、同)の3点は、遠目にはそれぞれ、黒、赤、白が基調色の抽象画と映る。だが、近づくにつれ、バリ・ヒンドゥー教のシヴァ神(破壊と創造の神)、ブラフマ神(創造と火の神)、ヴィシュヌ神(生命を維持する神)の世界が浮かび上がる。いずれも丹念な筆さばきで、画面空間の構成力の高さが光る。テーマこそ異なるが、壮大なロマンと対象への敬意が定着されている点は師の平山譲りと言える。
新型コロナウイルスが世界的に大流行し、00年から海外渡航が制限されるようになると、日本の神の象徴として、古来、信仰の対象とされてきた霊峰・富士山を描き始める。日本美術院の偉大な先達、横山大観、片岡球子が得意とした画題をあえて選んだのは、表現者として更なる高みを目指す覚悟の表れだろう。
縦192・0㌢、横384・0㌢。最もサイズが大きい「不二」(23年、備前市美術館蔵)は山肌が黄金色に輝き、写実を超えた趣がある。目をこらすとあちこちに確認できる花には「命の循環を感じてほしい」との思いを込めた。風景画にも人智を超えた存在に対する祈りが刻まれている。
8月30日まで。北九州市立美術館本館(093・882・7777)。

2026年7月31日 毎日新聞・福岡版 掲載