日本画の革新にひたすら突き進んだ豪胆な人物。そんな画家像を更新する今村紫紅(1880~1916年)の大規模回顧展「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」が、画家の故郷・横浜市の横浜美術館で開かれている。初公開を多数含む出品作約200点を通して、35年の生涯を彩った創作の軌跡を追う。
紫紅は10代にして歴史画で頭角を現し、東西の新しい表現を取り入れた風景画で個性を発揮。岡倉天心亡き後、再興日本美術院の中心的存在として後輩を導いた。同館の内山淳子主任学芸員によると「古典に学んだ歴史画から転じ、自分らしい風景画を目指してまい進したというイメージ」で語られてきたが、「晩年まで古画に魅了され、自分が本当に描きたい絵は何かという懊悩(おうのう)の中、ジャンルを分け隔てなく描いていた」という。
例えば最晩年の作「沙魚(はぜ)」(15年)は、水中のハゼを細密に描いた写実的な一点。同時代の簡素な筆による文人画風の風景画との違いが際立つ。また、紫紅が好んだ古画に琳派がある。俵屋宗達ら琳派の画家が多く描いた題材の一つが「風神・雷神」だ。今展では30代の紫紅が自由な解釈で描いた風神・雷神像に出合える。

伝統的な画題の「型」を崩すのが紫紅の持ち味でもあった。重要文化財「近江八景」(12年)は名所絵として描かれてきた近江八景に独自性を加えた連作。雪景色で描かれるのが典型の「比良」も、制作した年の8月、この地を旅した紫紅の手にかかれば、鮮やかな青空に白い雲が映える新たな風景画に生まれ変わる。
4章構成の各章には画家の言葉が冠された。最終章の「暢気(のんき)に描け」について、「理屈にとらわれず、心の自由を大切にして、自らの内側から湧き上がる絵を描こうというメッセージがあったのでは」と内山学芸員。「今、創作に関わる人やこれから目指す人たちにもその思いが届けば」と願う。28日まで。
2026年6月15日 毎日新聞・東京夕刊 掲載