森英恵がアメリカ時代に発表したドレス「牡丹(ぼたん)」(手前)など=平本絢子撮影

 1977年にアジア人で初となるパリ・オートクチュール組合の正会員になり、96年にはファッション分野で初の文化勲章を受章--。2022年に96歳で亡くなった森英恵は、日本ファッション界におけるパイオニア的存在だった。その没後初となる大規模な回顧展「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」が、東京・六本木の国立新美術館で開かれている。

 タイトルにある「ヴァイタル・タイプ」は、森が61年に雑誌『装苑』で理想の人物像として提唱したもの。「生命力にあふれ、敏捷(びんしょう)げに目を光らせた女性」の意味を持ち、時代を切り開いていく森の生き様を体現する言葉でもあった。

 森は大学卒業後まもなく結婚し、子育てと並行しながら学校で洋裁を勉強する。51年に東京・新宿でオーダーメードの洋装店をオープン。夫が営む近くの喫茶店でファッションショーを開いて評判を呼び、その後およそ10年にわたって映画の衣装デザインを手がけた。第1章は、妻、母、そして働く女性として、新たな人物像を先導するキャリアの始まりを描く。

 第2章では、森が米ファッション界に挑戦。61年にパリ、ニューヨークを訪れたのを機に、海外進出を視野に入れ、日本美術や文学、着物の生地を学び直す。初の海外コレクションは、帯地やちりめんといった日本らしい布地を生かして評価された。代名詞と言える蝶や花などのモチーフをあしらった、色鮮やかなドレスが生まれたのはこの頃だ。第3章では情報誌『森英恵流行通信』を発行するなど、メディアも立ち上げ、業界全体の発展に貢献した姿に光を当てる。

 第4章では、いよいよパリへ。色彩で魅了したアメリカ時代と異なり、プリーツやドレープなど形にこだわった意匠が新たに登場する。デビューから27年間にわたるコレクションを網羅的に展示し、中でも、墨絵や日本の文字を取り入れたモノトーンのドレス、鶴や役者絵が大きく刺しゅうされたアンサンブルやドレスが目を引く。7月6日まで。

2004年に発表したイブニングアンサンブル「黄金色の鶴のドレスとカフタン」(手前)=平本絢子撮影

2026年5月18日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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