柳幸典さん「ザ ワールド フラッグ アント ファーム1991-アジア」(1991年)清水有香撮影

 ◇1989~2010年の表現に光

 平成の幕開けとなった1989年。世界に目を向ければ冷戦が終結し、グローバル化が加速する歴史の転換点でもあった。東京・六本木の国立新美術館で開催中の「時代のプリズム」展は89年を起点に、2010年までの約20年に光を当てる。人や情報の往来が盛んになった時代にどのような表現が日本の地で花開いたのかを、国内外50超の作家の実践から探る。

 透明ケースの中、彩色された砂がアジア各国の国旗を描く。壁に並んだケースはチューブでつながれ、中に放たれたアリの移動によって国旗は侵食されている。91年に柳幸典さんが発表したこの作品はグローバル化を象徴すると同時に、「国家」という概念のもろさを暗示する。本展イントロダクションを飾る一点だ。

 会場は以後、20年を捉え直すための三つのレンズ=章で構成される。一つ目は「過去という亡霊」。小泉明郎さんの映像「若き侍の肖像」(09年)は特攻隊員役を演じる若い男性に対し、作家が画面の外から「侍魂」を表現するよう何度も迫る。両者が感情的になるにつれ、見る側の心も揺さぶられる。そこに漂うヒロイズムの誘惑は、戦後80年の今なお生々しい。

小泉明郎さん「若き侍の肖像」(2009年)=清水有香撮影

 「自己と他者と」の章では、奇怪な着ぐるみ姿で都内を移動するイ・ブルさんのパフォーマンス映像(90年)が目を引く。転びながらも歩を進めるさまは、女性を縛る社会規範への抵抗の身ぶりのよう。最終章「コミュニティの持つ未来」では、日中韓の美術家3人による「西京人」が架空都市・西京のオリンピックをめぐる作品(08年)を展開。長い筆でくすぐり合う「フェンシング」など勝敗なき遊びが繰り広げられる大会は、同じ年に開かれた北京五輪という国家プロジェクトに対する批評的な物語を紡ぐ。

 本展は香港の美術館M+(エムプラス)との協働で実現した。副題は「日本で生まれた美術表現」。日本現代美術という表記をあえて避けたという。一つの国の一つの歴史像ではなく、複数の視点から重層的な美術表現を見いだすこと。そんな問題意識に基づく本展は「平成」をさまざまに映し出し、今この時代をも照射する。12月8日まで。

2025年10月27日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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