「約束の船-The Promised Journey of Souls」(2025年)=上村里花撮影

 東日本大震災を経て福島から奈良へ移住した作家による、喪失と再生の軌跡が刻まれた展覧会「安藤榮作-約束の船-」が奈良県立美術館(奈良市)で開かれている。「生命のゆらぎを内包しているのが彫刻」と作家自身が話すように、原木を手おのでたたき刻み、木と対話しながら制作する作品は、生命のエネルギーに満ちている。

 安藤さんは1961年、東京生まれ。東京芸術大彫刻科を卒業後、制作の場を求めて90年、福島県いわき市に移住し、木彫制作を続けてきた。東日本大震災で自宅とアトリエ、数百点の作品のすべてを失った。自身と家族は無事だったが、愛犬は津波にさらわれた。追い打ちをかけるように原発事故が発生し、奈良県に一家で避難移住。今回は移住後、約15年間に制作した作品計45点を展示している。

 正面ロビーに展示されているのが高さ4㍍超の大型彫刻「鳳凰(ほうおう)」(2016年)だ。命や魂の再生のスピリットを表すものとして制作。本展を貫くメッセージにもなっている。

 展示は五つの展示室から成り、前半の第1、2展示室で印象的なのがドローイングだ。第1展示室の幅約20㍍の「Life」(17年)は、津波にのまれた町や原発事故などが描かれ、一方には再生の象徴である光輝く鳳凰の姿も。そして、ドローイングの前では1体の彫刻がスポットライトを浴びている。津波に流された愛犬のユイで、光の世界に向かい真っすぐに駆けている。喪失と鎮魂の祈りとともに、未来への希望を感じられる。第2展示室では幅12㍍超のモノクロの「福島原発爆発ドローイング」(13~19年)が目に飛び込んでくる。爆発する建屋やゆがんだ鉄塔など死の世界が無数の線で描き出され、その前で木彫「Being」(24年)が静かに相対している。

津波で流された愛犬の木彫「ユイ」(20年)とドローイング「Life」と「光の川」(ともに17年、いずれも作家蔵)=上村里花撮影

 本展のタイトルにもなった「約束の船」(25年)は最終室に登場。無数の人形(ひとがた)の木彫が床に敷き詰められて船の形を作り、その中央に「乗船」しているのは大小の人のほか、アマビエも。さまざまな「魂」を乗せた船は希望へ向かって進む。人間のエゴが世界をゆがめている現代、生命本来の生き方を思い出し、生き直すことが未来への希望につながる、そんな作家の思いが込められている。作品と向き合う中で、自分自身と対話する時間が流れる。11月16日まで。

2025年10月20日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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