あなたが思い浮かべる西郷隆盛像はどんな姿だろう。愛犬ツンを連れ、着物のすそをはためかせる上野の西郷さん? それとも、堂々たる軍服姿で立つ鹿児島の西郷どん? この展覧会は後者を造った彫刻家、安藤照が主役だ。
安藤は1892年、鹿児島市で生まれた。早稲田大を中退し、1917年に東京美術学校に入学して彫刻家への道を歩んだ。全国的には東京・渋谷駅前にあった忠犬ハチ公像(初代)の作者だと紹介するほうが分かりやすいだろうか。
45年5月の山の手空襲で死去。ほとんどの作品が焼失したため、安藤は戦後「急激に忘れられた」(学芸員の野城今日子さん)。開催中の「黙然たる反骨 安藤照」展は初めての本格的回顧展として、残った約30点と周辺者の作品を展示。同時に、近年では珍しい近代彫刻をメインに扱った企画となっている。
明治以降、近代国家となった日本では権力者の像を筆頭に社会的装置としての彫刻が多数作られた。しかし安藤を中心とする中堅彫刻家の団体「塊人社」は、そうした制作からかたくなに距離を置いた。展示室には、安藤や同人の松田尚之らによる裸婦像や子供の像と、同時代に制作された勇猛な軍人像が対比的に置かれている。
「純粋芸術を続けていくべきだと思っていた」(野城さん)安藤だったが、今の目で単純に反戦・愛国の色分けはできない。ハチ公像は「忠君愛国」の象徴的存在とみなされ、西郷どんも敗者とはいえ、軍人像だ。最終的に圧力から逃れられなくなった安藤らは、航空機部品の石こう型を製造する会社を同人と設立し、「美術」ではなく「技術」を提供した。

本展では、動物へのまなざしにも着目する。無類の愛犬家で狩猟の趣味を持つ安藤は多いときでポインターを6、7頭も飼っていたという。そんなところに、犬好きの西郷との共通点がある。そして、愛らしい「兎」など量感を重視した他の作品と異なり、ポインターをモデルにした作品は写実性が感じられる。
34年制作の初代ハチ公像は金属類回収令で、44年に「応召」の垂れ幕と共に撤去、溶解された。実際のハチは、剝製となって東京の国立科学博物館で今なお展示されている。東京・渋谷区立松濤美術館で8月17日まで。
2025年7月14日 毎日新聞・東京夕刊 掲載