展覧会「大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s」が12日、東京都新宿区のSOMPO美術館で始まる。本展の構成や見どころを、中島啓子・同館上席学芸員が解説する。
竹久夢二の絵を見ると、多くの人はどこか懐かしさを感じるに違いない。この感覚は一体どこから生まれるのか。
この問いを考えるひとつの視点として、「出版」という切り口から時代性に光を当てるのが「大正イマジュリィの世界」展である。「イマジュリィ」という呼称は、絵葉書などの大量に複製される絵を意味するフランス語に由来している。日本では、明治後期から昭和初期までの間に技術革新が進んで華やかな図像の印刷が可能になり、今につながる出版文化が花開いた。
本展は、創造的な足跡を残した作家12名と九つのテーマを取り上げ、大正時代とその前後の出版にあらわされたイメージを巡る企画である。
もっとも、写真や原画を忠実に大量印刷できるようになったのは、昭和初期のこと。それ以前の図像印刷では、木版や石版など、現在の版画に用いられる技法に改良を重ねる途上にあり、グラフィックデザインという職域も確立されていなかった。
この過渡期に、本の表紙や挿絵、広告図案などを担当したのが、画家と、独学で評価と仕事を得た夢二のような青年たちである。彼らは、西洋の画集と雑誌にあふれるデザインやイラストレーションを、江戸時代の出版であった浮世絵版画の木版技術や伝統的な文化と融合させ、新しい美意識を生み出していく。
美麗で愛らしい装幀(そうてい)、美しく健気(けなげ)な少年少女の挿絵、ハイカラで季節のイベントに満ちたライフスタイル。彼らが視覚化した憧れの世界は、本や雑誌、百貨店の広報誌や、楽譜、映画のパンフレットなどの形で、中流家庭や学生、女学生らひとりひとりの手元に届き、いわゆる大正ロマンや大正モダンと呼ばれる気分を醸成した。

なかでも、書物や、日常の通信手段であった葉書や便箋と封筒などの小さな刷物は、多くの愛好者が大切に保管して戦火を免れた。これらの品々が体現する大正時代の想像力は、高度経済成長期の商業広告や大衆文化の担い手たちにも影響を与え、彼らの表現を介して日本人一般の記憶に刷り込まれることになった。夢二の絵に感じる懐かしさは、形を変えて今も生きている感性のルーツに触れた既視感ではないだろうか。
主な展示作家は、夢二に影響を与えた洋画家の藤島武二に始まる。藤島はアール・ヌーヴォーの様式を用い、恋を情熱的に歌った浪漫派の歌人・与謝野晶子の著作を艶(あで)やかに装幀した。夢二が流行させた感傷的な美人画は、「抒情(じょじょう)画」と呼ばれるイラストレーションの系譜を生み出す。そこに、小林かいちや、戦後のアニメーションにも影響を与える蕗谷虹児らが活躍した。さらに、夏目漱石の装幀で知られる橋口五葉、日本最初のグラフィックデザイナーといわれる杉浦非水、絶大な人気を誇った挿絵画家の高畠華宵も紹介する。


テーマ別のコーナーでは、数点ずつではあるが、浮世絵師の流れをくむ鏑木清方や、江戸風俗の挿絵で知られる小村雪岱の仕事を見ることができる。イギリスの絵本に影響を受けた岡本帰一、加藤まさをらの童画も展示する。他にも、探偵ものや伝奇小説など多様化した大衆小説に妖艶な挿絵を描いた水島爾保布、ドイツ経由で前衛芸術に影響を受けた恩地孝四郎、村山知義など、多彩な人々が含まれている。


これらの作家たちに共通するのは、個人の創造を重視する西洋の芸術に触発され、自分自身の感受性を出版界に展開したことである。
◇大衆に共通の内面
近代国家の建設にまい進した明治と、戦時の挙国一致体制が敷かれた昭和の間にあって、大正は、日本の若い世代が初めて近代的な「個」を自覚し、表現した時代であった。彼らの私的な表現は、詩歌や小説、音楽、芸能と融合しつつ、出版ならではの拡散力によって、大衆に共通の内面を形成していった。
本展は、デザイン史の展観ではなく、版画展でも、イラストレーションの原画展でもない。それらが分岐する以前の、さまざまな技術と表現が混沌(こんとん)とした複製イメージ群を「大正イマジュリィ」と総称し、現代の日本人が漠然と共有する情緒や心象風景の形成期を、大局的に描き出す試みといえるだろう。
「大正イマジュリィの世界」展は、2010年の渋谷区立松濤美術館で多くの研究者と学芸員、編集者の協力のもとに開催されて以来、各地を巡回するロングランの企画である。その間にも各作家の研究が進み、回顧展が開かれている。
監修の山田俊幸氏は、近代文学と出版文化の研究者である。これまでの各巡回展は、氏の膨大な収集品をもとに主催館の所蔵品などを適宜加えて構成されてきた。この度のSOMPO美術館でも、まさに大正イマジュリィの時代を生きた東郷青児のコーナーを会場の最後に追加する。
昨年の秋に逝去された山田氏に対し、追悼の意と謝意を表すとともに、氏が愛した、文字と絵が織りなす紙上の世界の魅力を、多くの方々に体験していただきたいと願っている。(寄稿)


INFORMATION
大正イマジュリィ展
<会期>12日(土)~8月31日(日)。休館日は、毎週月曜(ただし7月21日、8月11日は開館)、7月22日(火)、8月12日(火)。入場は午前10時~午後5時半。金曜日は午後7時半まで
<会場>SOMPO美術館(東京都新宿区西新宿1、新宿駅下車)
<入館料>一般1500円▽25歳以下1100円※要証明▽高校生以下無料
<問い合わせ>ハローダイヤル(050・5541・8600)
※チケットの詳細やイベント情報は、展覧会公式サイトでご確認ください。
主催 毎日新聞社、SOMPO美術館
特別協賛 SOMPOホールディングス
特別協力 損保ジャパン
協力 大正イマジュリィ学会
監修 山田俊幸
後援 新宿区、TOKYO MX
企画協力 キュレイターズ
2025年7月11日 毎日新聞・東京朝刊 掲載