
庶民の娯楽として、18世紀後半の江戸時代中後期に大流行した浮世絵版画。その人気に陰りが出始めるのは、明治も半ばを過ぎたころ。写真や石版画、銅版画といった新たな技術に押され、徐々に衰退していく。その最後を支えたのが、明治後期から昭和にかけて活躍した鰭崎英朋(1880~1968年)である。東京・原宿の太田記念美術館で開催中の「鰭崎英朋」展は、歴史のはざまに埋もれ注目されてこなかった、知られざる「最後の浮世絵師」にスポットを当てる。
英朋は、無残絵の描き手として知られる月岡芳年の孫弟子にあたり、歌川派の流れをくむ。その画業の中心は、格式が高いとされていた展覧会ではなく、文芸雑誌や小説の単行本の巻頭を飾る口絵や表紙、挿絵といった大衆メディアだ。02(明治35)年に出版社「春陽堂」に入社し、描き始めた。妖艶な美人画は広く大衆の心を捉え、その人気は、近代を代表する美人画家として名高い鏑木清方と双璧をなすほどだったという。
本展では木版画を中心に、石版画や肉筆画、スケッチなど187点を紹介。木版画から石版画、オフセット印刷へという印刷技術の変遷をたどる構成で、印刷の違いによる画面の差異も分かりやすい。
英朋は泉鏡花と関係が深く、春陽堂から刊行された単行本の口絵をいくつも描いている。その一つが『続風流線』口絵。船が転覆し湖に落ちた女性を、泳ぎのうまい主人公の青年が救う場面が描かれている。波の動きと水にうっすら透ける体の描写が、木版画とは思えないほど秀逸だ。
柳川春葉『誓』の口絵は、うつむき加減で胸に手を当てている女性の姿を写し取る。結い髪のほつれ毛や憂いを含んだ黒目がちの瞳、ぽってりした赤い唇がなまめかしく、美しい。着物の色柄や両手にはめられた指輪が当世風を表している。

浮世絵版画が庶民の暮らしとともにあった最後の時代の輝きがうかがえる。7月21日まで(前後期で全面展示替えあり。前期は25日まで)。
2025年6月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載