
「アートの島」として知られる香川県直島町の直島に5月末、新しい美術館が開館した。建築家・安藤忠雄さんの設計による「直島新美術館」だ。直島の美術館はこれまで恒久展示を基本としてきたが、新美術館は定期的に一部の展示を入れ替えるなど「動」の美術館として稼働する。
アジア地域の現代作家の作品を収集・展示するのが特徴の一つで、現在は開館記念展示として、日本や中国、タイ、インドネシアなど12組のアーティストによる「原点から未来へ」を開催中だ。
新美術館は地下2階、地上1階建て。入館してすぐのエントランス部分には、直島を拠点に活動するアーティスト、下道基行さんが、マレーシア出身の文化活動家、ジェフリー・リムさんと共同で制作した「瀬戸内『漂泊 家族』写真館」(2024年)の作品群が並ぶ。直島町民を被写体とした写真作品だ。
どこか懐かしい空気をまとったモノクロの写真群は、一斗缶など島の漂着物から手作りしたボックスカメラを使って撮影した。下道さんは19年から瀬戸内海地域の景観や風土、歴史を調査・収集・展示する「瀬戸内『 』資料館」プロジェクトに取り組んでおり、本展の展示もその一環だ。

1階の「ギャラリー1」は、館のコンセプトを強く打ち出した展示構成で、フィリピン・バンタヤン島を拠点に活動するマルタ・アティエンサ▽インドネシアの現代アート界を代表するヘリ・ドノ▽インドネシアのアーティストユニット「インディゲリラ」▽第11回ベネッセ賞を受賞したタイのパナパン・ヨドマニー--各氏の作品が一堂に会している。

会場の壁一面を覆うヘリさんの10枚組みのアクリル画作品「ヘリ・ドノ論の冒険旅行」(14年)は、これまでの作品を組み込み、十数年に及ぶ画業を反映した大作。アメリカンコミックなどに影響を受けたユーモラスな画風ながら、社会や政治への風刺を含み、インドネシアの複雑な近現代の歴史を感じさせる。館を運営する福武財団の福武総一郎・名誉理事長が「アジアの作品を購入するようになったきっかけの作品」だ。
もう一方の壁を占めるのは、パナパンさんのベネッセ賞受賞作を進化させた壁画・彫刻インスタレーション「アフターマス」(16/25年)で、天然素材とコンクリートなどを組み合わせた大型作品。タイの伝統的な仏教デザインを用い、開発と変化、破壊、進化など普遍的なテーマに挑んだ。
ベテランと気鋭の作家とのコラボレーションも見どころの一つ。ヘリさんと1世代下のインディゲリラとの初の合作は、インドネシアの伝統的な人形劇やカートゥーン(風刺漫画)などのモチーフを組み合わせ、伝統と現代美術の融合を図る。
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地下2階は、Chim↑Pom from Smappa!Group、会田誠さん、村上隆さん、蔡國強さん(中国)の作品が並ぶ圧巻のスペースとなっている。

06年のベルリン・グッゲンハイムでの個展のために蔡さんが制作し、話題を呼んだ「ヘッド・オン」は、99匹のオオカミの群れがガラスの壁を乗り越えようと突進、衝突する大型インスタレーション。天井の高い安藤建築の空間が生かされ、圧倒的だ。ガラスの壁は「ベルリンの壁」と同じ高さで、人間同士や文化間の見えない壁や隔たり、また、繰り返される争いなどを象徴しつつ、それを乗り越えようとする意思を感じさせる。
溶けたようにぐにゃりと曲がった鳥居のモニュメント。その全体に、この30年間にメディアをにぎわせてきた人々や場面の写真が貼りついている--。この作品は会田さんの新作「MONUMENT FOR NOTHING-赤い鳥居」(25年)だ。「失われた30年」は果たして喪失だけだったのか。愚かな人間の営みの中に希望を見いだすのも、やはり人間の力だろうと気付かせられる。
村上さんの「洛中洛外図 岩佐又兵衛rip」(23~25年)は、昨年開催の京都での個展で披露された全長13㍍の大作。国宝の岩佐又兵衛「洛中洛外図屛風・舟木本」(17世紀)を再構築した作品で、昨年の展示にさらに手を加えた。江戸時代の京都の町の風景の中に「DOB君」や「キキ」など村上さん創作のキャラクターが紛れ込む。左上には福武さんらしき人物も。
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韓国出身でロンドン在住のソ・ドホさんの代表的作品「Hub」シリーズは、過去に作家自身が暮らした家の玄関や廊下を布で再現した立体作品。米国や英国、韓国などこれまでの作品に、直島で訪れた民家の廊下部分を新たに加えた8連作の「Hub/s直島、ソウル、ニューヨーク、ホーシャム、ロンドン、ベルリン」(25年)が登場。鑑賞者は作品の中に入り、作家が暮らした空間を歩くことができる。青や緑、黄色、紫などの色鮮やかな半透明の布を通して見る空間は、見慣れた風景を少しだけ変えてくれる。日常を違った視点から捉え直すことになる。
新美術館は、直島の役場近くに位置し、近隣の集落内に点在する「家プロジェクト」(地域の家屋や寺社を改修し、空間そのものをアート化する試み)の作品も併せて鑑賞できる。
2025年6月23日 毎日新聞・東京夕刊 掲載