
作家・佐藤春夫(1892~1964年)旧蔵の美術作品を中心とした企画展「佐藤春夫の美術愛」が、和歌山市の和歌山県立近代美術館で開かれている。昨年度、遺族から所蔵作品61件148点の寄贈を受け、本展ではそのうち112点を中心に、ゆかりの150点を展示している。
目を引くのは、版画の多さだ。作家・内田百閒に「風船画伯」と名付けられ、文学者に愛された版画家・谷中安規(1897~1946年)の作品や、作家仲間の武者小路実篤らと購入した作品を分け合ったフランシスコ・デ・ゴヤの連作版画集「ロス・カプリーチョス」などが並ぶ。
佐藤は和歌山県新宮市出身。文学を志して上京し、慶応義塾大で永井荷風らの指導を受けた。与謝野寛(鉄幹)、晶子夫妻の新詩社では堀口大学と出会う。1918年に小説「田園の憂鬱」で注目を集めるが、それまでは評価を得られず、美術家を目指した時期もあった。二科展にも連続入選しており、本展では佐藤の絵画作品2点も展示。絵画制作を始めるきっかけの一つとなった高村光太郎の手による佐藤の肖像画も出展されている。
展示は4章構成。中でも注目は、川上澄生(1895~1972年)と谷中の作品群だ。
川上は宇都宮市を拠点に大正半ばから昭和にかけて活躍した木版画家で、佐藤の著作の装丁なども手がけた。川上の作品を知人から贈られ、佐藤が<狂喜魅了>したことを記した手紙も残されている。物語性に富む静物画や、イソップ物語を題材にした作品など、川上の25~31年の主要な作品が並ぶ。
芸術家肌で興味のままに行動することから百閒に「風船画伯」と名付けられた谷中は、飛行船やロボットなど近未来的な素材と民話など土着的なテーマを融合させた幻想的な世界を生み出した。佐藤は自著の装丁を依頼するだけではなく、作家仲間にも紹介するなど、谷中の活動を支援。締め切りに大幅に遅れた谷中への督促はがきも展示され、末尾に書かれた佐藤の「カンシャク先生」の署名からは、2人の親しい関係が読み取れる。
谷中は46年、栄養失調のために亡くなった。わずかな遺品の中には、佐藤や与謝野晶子ら文学者からの手紙類が大切に残されていた。本展でもその一部を見ることができる。29日まで。

2025年6月16日 毎日新聞・東京夕刊 掲載