「佐々木の月」シリーズ(1995年、ウッチ美術館蔵)=小松やしほ撮影

 無駄のないシンプルな造形は、どこか禅の思想を想起させる。ポーランドを拠点とする美術家、鴨治晃次さんの日本初の本格的な個展が東京・青山のワタリウム美術館で開催中だ。ポーランド現代美術の形成に重要な役割を果たした一人として高く評価される鴨治さんの、60年以上にわたる創作活動を絵画、立体、インスタレーションなど約100点の作品で見せる。

 鴨治さんは1935年、東京生まれの90歳。58年に武蔵野美術大を卒業後、翻訳家の伯父の影響を受けてポーランドに渡り、ワルシャワ美術アカデミーに学んだ。66年に卒業した後は、生計を立てるため商社や新聞社で通訳として働きながら、制作を続けてきた。

美術家の鴨治晃次さん=小松やしほ撮影

 「プルシュクフの絵画」シリーズは、彩色した板に穴を開けたレリーフのような作品で、ポーランド滞在初期の60年代に制作された。当時、鴨治さんはワルシャワ近郊の同地に妻子と暮らし、通訳の仕事を終え、スーツをネクタイとともに脱ぎ捨てた夜、「まるで隠れるかのようにして」作品と向き合った。これらの作品は、今も追求する道の始まりを示しているという。

 鴨治さんは形より存在に興味を持ち、見えないけれど、確かに存在するものを表現しようとしてきた。インスタレーション「通り風」(75年)は穴の開いた和紙3枚を目線の高さにつるした。穴を空気が通り抜け、和紙がふわっと揺れる。制作当時40歳だった鴨治さんは、ふと老いを感じたという。和紙は老いの姿だ。風のままに揺れ、どんなに激しく揺れながらも軽やかに、そこにある。

インスタレーション「通り風」(1975年)の展示=小松やしほ撮影

 連作「佐々木の月」(95年)は、若き日に遭遇した親友の自死をテーマにしている。友は睡眠薬を飲んだ後、のどの渇きで這(は)って海に向かい、そこで息絶えたという。さえざえと銀色に輝く月は静かな悲しみをたたえ、細く赤い線は友が最期の瞬間にたどった道を思い起こさせる。

 静謐(せいひつ)なたたずまいの作品は、見る者に何ごとかを語りかけているようで、それぞれの感傷に浸らせる。「鴨治晃次展 不必要な物で全体が混乱しないように」は22日まで。

2025年6月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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