第2章「Theatre of the Colonies」の展示風景=高橋咲子撮影

 第一次大戦後「芸術の都パリ」にさまざまな異邦人が集った。日本では、藤田嗣治や佐伯祐三らが知られており、彼らや欧州の作家たちを紹介する展覧会も頻繁に開かれてきた。しかし同じ場に、東南アジアを含むアジア人たちがいたことはあまり知られていない。これまで見落とされがちだった多層的な視点から、主に1920~40年代にパリに生きたアジアのアーティストを紹介する「City of Others:Asian Artists in Paris,1920s-1940s」展が、東南アジア最大規模の国立美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポールで開かれている。

 「タイトルには二つの意味を込めている」と、同館のコレクション部門部長でシニアキュレーターの堀川理沙さんは話す。外国人居住者率はロンドンと比較しても高かった時代。「パリに来た人たちは、他者に出会うと同時に、他者化した視線も獲得し、自己認識を更新していきました」。昨年の伊ベネチア・ビエンナーレで見られたように、国際情勢が切実さを増すなか、移動によって周縁に置かれた人々に目を向けることは現代的なテーマでもある。

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 鑑賞者はまず、自画像や肖像写真に描かれた画家たちの視線に迎えられる。髪をまとめ、強い視線でこちらを見返す女性は中国生まれで、シンガポールを代表する画家、ジョーゼット・チェン(1906~93年)。藤田のほか、中国生まれの潘玉良(1895~1977年)、大韓帝国生まれのペ・ウンソン(裵雲成、00~78年)、ベトナム生まれのレ・フォー(07~2001年)ら本展の主要な登場人物が一堂に会する。キャプションには生まれた国と没した国が記され、多様な背景が一目で分かる。

ジョーゼット・チェン Self Portrait. 1923年 Oil on Canvas. Collection of National Gallery Singapore.=提供写真
レ・フォー Le peigne blanc (The White Comb).制作年不明 Ink and co lour on silk. Collection of Sunseal Asia Limited. Image ©Aguttes.

 展示構成は、フランスにもたらされた「漆」のインパクトを紹介する「Workshop to the World」▽1931年の植民地博覧会を扱う「Theatre of the Colonies」▽アジア人作家の作品を展示したジュ・ド・ポーム美術館やサロン展といった場に注目する「Sites of Exhibition」▽第二次大戦後のアジア人作家たちの状況に触れる「Aftermaths」など全6章から成る。

 特色の一つは、冒頭の漆芸との関わりだろう。アールデコ人気のなか、菅原精造や浜中勝ら日本人漆芸家が活躍。仏人アーティストに技術を手ほどきし、工房を設けて自らの名前で屛風(びょうぶ)などを発表した。一方、植民地・ベトナムから来た多数の職人も働いていた。制作者としては記載されない〝無名〟の職人の名を本展は仏国立海外文書館の記録から明らかにしてみせた。

浜中勝 Composition.1930年 Lacquer and gold leaf on wood Collection of Galerie Lefebvre. ©ADAGP, Paris, 2025. 著作・毎日

 「キャンバスに油彩」だけでなく、さまざまな素材が見られるのも、この展覧会の特徴だ。漆画や絹画に取り組んだのは、植民地博を契機にパリで紹介されたベトナム人画家たちだった。殖産興業的な側面が強いインドシナ美術学校で学んだ彼らだったが、特に渡仏後は期待された郷土色と、求める国際性のはざまで独自性を発揮しようと探求を続けた。

 それは他のアジア人作家も同じだっただろう。面相筆を用いた線描や平面的な描写は、展示を通して多数見られる。また、漢字やアルファベット表記の署名からは、それぞれのアイデンティティーもうかがい知れる。

 大韓帝国で生まれ、ドイツで学んだペ・ウンソンは、日本関連組織の支援を受け欧州で活躍、植民統治のアピールとしても利用されたという。だが同時に画家としての挑戦が画面に見られる。「Returning Home」(38年)は東洋的な雪景色を油彩で展開した。

 第5章には、裸婦像が並ぶ。藤田の乳白色の女性像は見慣れたものだが、堀川さんは「藤田は西洋人をモデルにしていることが多いが、中国、ベトナムの画家はアジア人が多い。パリ時代の藤田作品は、技法はさておき、画題はそこまで日本的ではない」と話す。それぞれ欧州の観客を意識して試みを重ねたが、藤田の戦略は他のアジア人とは異なって見えると説明する。

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 日本では「日本と西洋」という視点から捉えがちだが、堀川さんが「同じ場を巡って存在する、複数の参照点のようなものを提示したかった」と語るように、東南アジアが入ることで時代の多面性が照らされる。そもそも、展覧会自体が専門や出身が異なる5人のキュレーターによって企画されている。多様な立場でつくる展覧会はシンガポールならではだろう。

 同館のコレクション展では、日本でいう「幕末・明治」のころの東南アジアの作品も多数展示しており、絵画の「近代化」に複数の文脈があったことを知ることができる。本展と併せて見ると、理解が進む。8月17日まで。

2025年6月9日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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