東京都世田谷区で、高橋咲子撮影
東京都世田谷区で、高橋咲子撮影

【創作の原点】
画家・福田美蘭さん
「思考」と「手」をつないで

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

現代美術

 じっと見る。あっと驚く。くすりと笑う。画家、福田美蘭さん(62)の絵には、いつも思いがけない発見がある。月岡芳年や岡本太郎、レンブラントといった「名画」にとどまらず、ゴジラやプーチン露大統領まで多彩なイメージを読み解き、批評的な視点から新しい絵画として差し出してきた。幼いころからの記憶をたどると、そこには「手」があった。

 女の子が小さな指で絵筆を支えている。板台の上にあるのはスケッチブックだろうか。重ねた筆触から一生懸命に色を置いたことが分かる。福田さんが差し出したのはモノクロの写真。「2歳ごろだと思います。父(グラフィックデザイナーの福田繁雄さん)が撮ったのでしょう」。愛らしい姿ながら、目には光が宿っている。

2歳ごろの福田美蘭さん。真剣に筆を持つ姿が愛らしい
2歳ごろの福田美蘭さん。真剣に筆を持つ姿が愛らしい=本人提供

 自宅で仕事をする父の姿を間近に見ていた。板台の上に紙をテープで貼り、その上に描いていく。線を引いたり、色を決めたり、素材を指定したり。「具体的に内容は分からなくても、一生懸命に朝から晩までやっている姿を見て、自分もやっているふりをして遊んでいました」。父は娘に紙と水彩絵の具を与え、一人っ子の娘は何時間も集中して描いていた。

 手を動かすことで、ものが生まれていく。「子供のころに理解できる一番身近な人の態度とでもいいましょうか、自分でつくり出す喜びを教えてもらいました」

 時には、庭づたいに童画家の祖父、林義雄さんのところに向かった。初めに日本画家の下で学んだ祖父宅には、日本画の素材や画集がそろっていた。孫の求めに応じて「かわいいもの」を描くこともあったが、幼児向け雑誌など日々多数の仕事を抱えていてやはり多忙だった。そこでも一人、絵本や画集を引っ張り出して、畳の上でいつまでも眺めていたという。

 「特殊と言えば特殊ですね」と笑う。「行ってきます、と出て行くサラリーマンのお父さんとは違って、こんな仕事の現場が二つあった。そういうものなんだ、と思って育ちました」。外からのニーズに応じるグラフィックデザインと、子供のための世界をつくる童画。二つの創作の現場が原点だった、と話す。

■   ■

 1989年1月、毎日新聞に「安井賞に福田さん 史上最年少」という見出しが躍った。具象絵画の登竜門に25歳の女性が決まったことは、大きな話題を呼んだ。受賞作の「水曜日」はデパートの包装紙や庭の風景、名画など身の回りのイメージが一つの画面のなかで幻惑的に展開する作品。その2年前に東京芸術大の大学院を修了したばかりだった。

 「あなたにとって絵画とは」「なぜ絵画というジャンルを選んだのか」「これからの絵画の可能性はどこにあると思うか」。新聞記者に尋ねられても、はっきりと答えられなかった苦い記憶がある。「今のままじゃダメなんだと、内側から絵画というものを考えるきっかけになりました。洋画壇ではなく、今でいう現代美術の方へぐんと背中を押されたのです」。問われることがなければ、自分の思うまま主観的な絵を描いていた。大きく美術界が変わる時代にあって、早い段階で方向転換ができたと振り返る。

 東京の京橋から新橋まで画廊を歩くと、石や木などの素材をそのまま用いる「もの派」の作品が並んでいた時代。一方で、中原浩大さんや森村泰昌さんら、その少し前から新しい風が関西から吹き始めていた。なかでも森村さんには大きく共鳴したという。「私はもの派を見なくていいんだ、自由にやっていいんだとふっきれました」

■   ■

 「発想の転換によって既成概念を壊したり、あるいは常識を見直したりすることで、次の時代の新たな視点を差し出したい。そういうことがクリエーティブだと思うんです」

 東京都美術館での「福田美蘭展」(2013年)以降、美術館での個展が続き、その合間にはテーマ展に併せて制作してきた。東京・森アーツセンターギャラリーで開催中の「ゴジラ・THE・アート展」(29日まで)では、近日公開予定という設定の、架空の映画ポスターを描いた。日本の近現代史が未来の社会を照射するような、想像力を喚起する作品だ。制作では、綿密なリサーチをもとに発想をふくらませていく。「意外な〝お題〟に対して、思いがけないイメージが出てくることが楽しみ」なのだといい、「ゴッホ・インパクト」展(神奈川・ポーラ美術館)にも出品中だ。

 幼いころから、生物や天文学の図鑑を見ることも好きだった。観察して思考を巡らせ、手を動かす。それは今でも変わらないのかもしれない。制作プロセスにおいて「作品を思い付いたときが一番幸せ」だと断言する。「頭のなかにあるイメージを、腕を通して目に見える形にしていく。私が見たいものが形になっていく、そこに興味がありますね」

 ◇携帯電話はいらない

 携帯電話は持っていない。メールも使わない。必要としていないからだ。電車に乗ると、前の座席の人はみんなスマートフォンに見入っていることはしょっちゅうだ。「だけど携帯がない私はそこで何か考える。作品のこととか、ああでもこうでもないとか。それが私にとってすごく有効な時間なんですよ」

 こまめに手紙やファクスを送る。福田さんの手書きの字が躍り、いつも手を動かしているのだと思わせる。描くということも身体とつながっている。とはいえ、制作過程では手の喜びに没頭してしまわないよう気をつけていると話す。頭のなかのイメージをなるべく早く絵にするために、乾きの早いアクリル絵の具を使っているのだという。


1963年 東京都生まれ
  89年 安井賞を最年少で受賞
  91年 インドトリエンナーレで金賞受賞
  99年 国立国際美術館「福田美蘭展」
2013年 東京都美術館「福田美蘭展」
  14年 芸術選奨文部科学大臣賞受賞
  21年 千葉市美術館「福田美蘭展」
  22年 東京・練馬区立美術館「日本の中のマネ」展
  23年 名古屋市美術館「福田美蘭 美術って、なに?」展
  24年 川崎市岡本太郎美術館「岡本太郎に挑む」展

2025年6月2日 毎日新聞・東京朝刊 掲載

シェアする