「酒伝童子絵巻」(部分)狩野元信 三巻のうち下巻 1522年 サントリー美術館

【ART】
「酒呑童子」のはじまり
東京・サントリー美術館で企画展

文:高橋咲子(毎日新聞記者)

日本美術

 都で娘を次々にさらった鬼の酒呑童子が、武将・源頼光らに退治されるという、おなじみの物語は絵巻として14世紀までに成立した。東京・サントリー美術館で開催中の「酒呑童子ビギンズ」展は、物語が長い時間をかけて変奏されること、そして背景にある絵画の魅力を丹念に伝える。

 サントリー美術館所蔵の重要文化財・狩野元信筆「酒伝童子絵巻」は、室町時代に北条氏綱の依頼で制作された。鬼のすみかを伊吹山とするこの作品が「はじまり」となり、以降、江戸時代を通じて何百という模本や類本が作られたという。

 展示の目玉は解体修理を終え、約35㍍を公開する本作。切られた童子の首が毒気を吐いて舞い、頼光の頭にかみつく場面は、血しぶきの鮮やかさとあいまって目を捉えて離さない。ただし今回は細部にも注目したい。たとえば童子の登場場面や寝所のふすま絵の描写がいかに引き継がれ、あるいは描きかえられたのか。伝狩野山楽筆の「酒呑童子絵巻」(根津美術館)など派生作品を展示すると共に、能の「大江山」など、絵画を超えたイメージの広がりを紹介する。

 興味深いのは、凄惨(せいさん)な場面が多いこの絵巻が江戸時代の婚礼調度だったこと。従来は、武家政権の正統性や、鬼=疫病よけの願いを込めていたと言われてきた。さらに、本展では、北条家に嫁いだ徳川家康の次女・督姫が、池田輝政との再婚時に北条家伝来の本作を持参したため、池田家では絵巻を由緒も含めて度々披露していたことも紹介する。副学芸部長の上野友愛さんは、家康とのつながりから池田家が上向いたことで、家と家のつながりを重視する婚礼において酒呑童子絵巻人気に拍車がかかったのだろう、と推測する。

「酒呑童子絵巻」(部分)住吉廣行六巻のうち第一巻 1786~87年ごろ
ライプツィヒ・グラッシー民族博物館 OAs 04826, GRASSI Museum für Völkerkunde zu Leipzig, Staatliche Kunstsammlungen Dresden, Foto:Shirono Seiji

 もう一つの「はじまり」は、近年発見されたライプツィヒ・グラッシー民族博物館(ドイツ)本(住吉廣行(ひろゆき)筆、18世紀後半)。日本初公開のこの絵巻は、前半に酒呑童子の出生の秘密が加えられており、同様の絵巻の発見が相次いでいるという。漫画やアニメで知られるように鬼の苦悩を描く手法は現代的に映るが、このころから既に鬼のなかに人の業を見ていたのだ。15日まで。

2025年6月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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