家屋の廃材で「再現」した「海浜あみだ湯」。シャワーヘッドからは現地の音が流れる=上村里花撮影

 2024年の能登半島地震で大きな被害を受けた石川県珠洲すず市を活動拠点とするアートコレクティブ「仮()-karikakko-」による展示「仮(葬)-kari(sou)-揺らぐ葉と吹き抜ける風」が、神戸市中央区の「海外移住と文化の交流センター」で開かれている。地震前後のまちの記憶、現在の珠洲市の空気を届ける展示だ。

 「仮()」は、金沢美術工芸大出身の新谷しんや健太さん(33)、楓大海 かえでひろみ さん(34)によるグループ。2人は大学卒業後、17年に珠洲市に移住し、ゲストハウスやコミュニティースペースを運営するなど地域に寄り添った「場」作りの活動をしてきた。「仮()」は、既存の価値観や考え方を「仮に」カギカッコでくくることで一歩を踏み出し、考え直したり、価値観を共有したりしていく意味合いを持つ。ゲストハウスも、仮に暮らしてみることで、新たに見えてくるものを考える「仮(暮らし)」プロジェクトだ。

会場正面に設けられた番台に立つ楓大海さん(左)と新谷健太さん=上村里花撮影

 高齢となった経営者から地元の銭湯「海浜あみだ湯」の経営も引き継ぎ、地震後の24年1月19日からいち早く湯を再開。多くの住民が避難所生活を送る中、珠洲市民には無料で開放し、被災者やボランティアらの憩いの場や活動拠点となってきた。ボイラーの燃料に、人々の記憶が詰まった建築廃材を使うことで、まちを弔うアートプロジェクト「kari(sou)」とした。今回の展示は、こうした活動を紹介するものだ。

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 会場正面には銭湯の番台がある。奥にはフリースペースが広がり、壁には、被災後、あみだ湯が再開してからの写真が展示されている。ボランティアやスタッフらが集った写真からは当時の雰囲気が漂う。番台でコインを受け取り、券売機にいれ、ボタンを押すと青か赤かいずれかの札が出てくる。二つに分かれた会場のどちらから回るかを決める札だ。

 「青」会場は「パブリック(公)」がテーマ。中央に組まれた約2㌧の廃材の山が目に飛び込んでくる。解体を余儀なくされた家屋などの廃材で、珠洲市からトラックで2日間かけて運び込んだ。辺りには木の香りが漂う。廃材の側面にはシャワーヘッドと鏡があり、その前には椅子を置き、浴場を「再現」。シャワーヘッドからはさまざまな音声が流れ出る。鏡に貼られたシールは音声のタイトルだ。「大谷小中学校」のシャワーヘッドからは、にぎやかなかねや笛の音と子供たちの声が聞こえる。地震後に開かれた文化祭の音声だ。「『湯編み日記』」のシャワーからは、風呂場をブラシがこする音が響き、あみだ湯を訪れた人々の話し声――。他に「復興プラン策定委員会」などの音声もある。「歴史が詰まった木材の記憶や思いを聞き取りながら、音や映像、写真を通して現地の空気を感じ取ってもらえたら」と2人。

 会場脇の廊下の窓際にあるデジタル数字は、地震後、あみだ湯が再開してから現在までに燃料となった廃材の重量を刻んでいる。会期中も刻々と数字は変わる。日々、弔いは続いている。

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 廊下を進んで「赤」会場は「プライベート」がテーマ。楓さんの珠洲市の自宅の記憶が展示されている。22年に家を購入し、子供が生まれ、犬を飼い――といった楓家の家族の歴史を刻む写真が並ぶ。自宅は地震後、公費解体された。その時に出た廃材をあみだ湯の燃料にした1日だけの「楓湯」の模様を撮影した動画が会場中央のモニターから流れる。廃材であみだ湯を沸かし、裏では、新谷さんら仲間が持ち寄った干しイカやシイタケ、ウインナーなどをたき火で焼きながら、廃材が燃えていくのを眺めて過ごす家の「火葬」の様子が映し出される。

「楓湯」の動画が流れる会場。後ろの数字は運び込んだ木材の重量=上村里花撮影

 手前には燃やさずに残した廃材が組まれ、手書きで入居から解体までの日々が記されている。廃材の一部を四角く切り取った空間にはモニターが埋め込まれ、自宅での家族の日々と解体作業が映し出されている。鑑賞者はのぞき込み、それらの記憶に触れる。

 ふと、会場(4階)の窓から中庭をのぞくと、楓さん一家の大きな写真が目に入る。家族の後ろには自宅を解体し、更地となった土地が広がる。存在したはずの建物に思いをはせる。「あくまでも楓家の記憶なので、窓越しに見る、という(鑑賞者との)距離感を大切にしたかった」と楓さん。

楓家の廃材で作られたオブジェ=上村里花撮影

 企画したC.A.P.(芸術と計画会議)の河村啓生さんは「被災の記憶を振り返って終わりではなく、現在や未来につなげていきたいと考えた。神戸と能登をつなぐことで、新しいものが生まれるのではないか。次のステップのための企画になればうれしい」と話す。

 一つ一つの展示物と向き合い、その声を聴き、自身の記憶と結びつけ、また、かの地を思い、未来を考える時間が流れる。

 22日まで。28、29日には、神戸市兵庫区湊山町の「湊山温泉」で、展示に使われた珠洲市の廃材を燃料とした「珠洲の湯~被災家屋で温める/温まる」が開かれる。

2025年6月2日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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