キム・アヨン「デリバリー・ダンサーズ・スフィア」(22年)=小松やしほ撮影

【ART】
最新技術駆使 アートの今
「マシン・ラブ」展 東京・六本木

文:小松やしほ(毎日新聞記者)

現代美術

 テクノロジーはアートの定義を変えるのだろうか。東京・六本木の森美術館で開催中の「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展は、ゲームを制作するためのソフトウエア「ゲームエンジン」やVR(仮想現実)、生成AI(人工知能)といった新しい表現手法を獲得したアートの今を見せる。

 新型コロナウイルスの世界的流行は世の中を変えた。美術の世界もその例外ではなかった。「ビデオゲーム的な美学を追究したり、ビデオゲームやゲームエンジンを使って映像や写真、インスタレーション作品を作ったりするアーティストが、ここ5年ぐらいの間に急激に増えました」。美術の最先端を追う中で、担当学芸員の矢作学さんが感じたことが、企画のきっかけとなった。

 本展では、アートという領域に限らず、デザインやゲーム、AI研究などで活躍する作家12組の作品を紹介する。 展示室前には、用語解説も用意されている。「アセット」「スペキュラティブ・フィクション」「ワールドビルディング」など、制作に使われている技術や作品の背景にある専門用語を分かりやすく説明。鑑賞を助けてくれる。

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 展示はビープルさんの「ヒューマン・ワン」(2021年~)から始まる。

 ビープルさんは米国のデジタルアート作家で、複製や改ざんが不可能な「非代替性トークン(NFT)」という技術を活用したデジタル作品をオークションに出品し、約75億円(当時)で落札されたことでも話題となった。

 回転する直方体のスクリーンの中で、宇宙飛行士のような格好をした人物が、目まぐるしく移り変わる景色を背景に歩いている--。「ヒューマン・ワン」はメタバース(仮想空間)に降り立った最初の人間が、変化していくデジタル世界を旅するという設定。前かがみでひたすらに歩き続ける人物はぼろぼろで、どこか悲壮感すら漂う。それでも休むことなく歩みを進める姿は、科学技術の発展とともに、どんどん変わっていく社会に何とか適応しながら生きている私たちに重なる。

ビープル「ヒューマン・ワン」(2021年~)=小松やしほ撮影

 ソウル在住のキム・アヨンさんの「デリバリー・ダンサーズ・スフィア」(22年)は近未来的な架空のソウルの街を舞台にした映像作品だ。主人公の女性ライダーは、コロナ禍で急速に普及した宅配サービスの配達人。彼女に指示を出すのは、複雑な配達経路を短距離、短時間で移動できるよう計算するアルゴリズムだ。そこにあるのは効率重視の論理。配達する側の事情は何ら考慮されることはなく、時間に遅れれば次の依頼を受けられない非情な世界だ。

 中国・上海出身で現在は東京を拠点にするルー・ヤンさんの映像シリーズ「DOKU」は、自身のアバターが仏教のさまざまな次元を旅する物語。「人は一人で生まれ、一人で死ぬ」を意味する仏教の言葉「独生独死」から着想を得たという。

ルー・ヤンさんの映像作品の展示風景=小松やしほ撮影

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 最新技術を駆使した作品だけあって、LEDの大画面で上映される映像はどれも圧倒的な美しさ。ストーリーもしっかりと練られているので、作品世界に入り込んで見入ってしまう。さらに、キム作品の画面から抜け出たかのような主人公の等身大人形、ルー作品のさいの河原を思わせる石や祈りの言葉が書かれた書などのインスタレーションが、デジタル映像とリアルの空間をならしてひと続きにし、没入感を高める役割を果たす。

 展示の最後を締めくくるのは、AI研究の第一人者のケイト・クロフォードさんと、情報通信技術の研究者でアーティストのヴラダン・ヨレルさんの協働作品「帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降」(23年)だ。16世紀以降のテクノロジーと権力の関係性を、4年近くかけて幅3㍍×24㍍の大画面に描き出した。500年の間、テクノロジーは私たちの社会にいかなる影響を与えてきたのか、考えさせられる。

ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル「帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降」(23年)=小松やしほ撮影

 現在「アート」とされる絵画や彫刻を「オールドメディア」と呼ぶ人もいるという。「AIなどの技術を誰でも使えるようになってきた時代に、それを手法とした作品をつくる作家が増えてくることは逃れられない未来」と、前出の矢作さんは言う。一方で「本展を通して分かったのは、手法は変わっても、表現されていることは結局、普遍的なものだということ」とも。

 社会の変化は目ざましい。5年後、10年後の作品や展覧会のありようは、想像もつかないほど激変しているかもしれない。しかし、絵筆がテクノロジーに置き換わったとしても、それは「自然」なことであり、人間の本質はそれほど変わらないのかもしれない。6月8日まで。

2025年5月26日 毎日新聞・東京夕刊 掲載

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